Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 ヨハネの黙示録6章5~8節

聖書黙想 ヨハネの黙示録6章5~8節(新改訳 新約p.443)
「黒い馬と青ざめた馬」

 第3の封印を解くと黒い馬が出て来ますが、馬に乗った者の手には量りがあります。これはききんによる価格暴騰と品薄現象を表します。4つの生き物の間で一つの声が「小麦一枡は一デナリ。オリーブ油とぶどう酒に害を与えてはいけない」と言います。この価格は、当時のローマ帝国の平均物価の約10倍に当たります。しかし、オリーブ油とぶどう酒に害を与えてはならないという声から、さばきの中にも神のあわれみがあることがわかります。第4の封印を解いた時は青ざめた馬が出て来ますが、馬に乗った者の名は死で、その後にはハデスがつき従います。馬のそれぞれの色のように、剣とききん、死病と獣のようなさまざまな種類のさばきによって地上の4分の1が殺されます。神のさばきの前に例外はありません。

聖書黙想 ヨハネの黙示録6章1~4節

聖書黙想 ヨハネの黙示録6章1~4節(新改訳 新約p.443)
「白い馬と赤い馬」

 小羊が巻き物を受け取り、7つの封印を一つずつ解きます。封印を解く度に各色の馬に乗った者が出て来ますが、彼らは神のさばきを遂行する者たちです。第1の封印を解くと白い馬に乗った者が出て来て、弓と冠を持って勝利する姿を示します。白い馬は勝利を象徴していることが、その馬に乗った者が冠を与えられたことからもわかります。「勝利の上にさらに勝利を得ようとして」とは、悪者をさばく戦いで収める勝利を表します。第2の封印を解くと出て来た赤い馬は、血が流れる戦いを象徴します。その馬に乗った者は大きな剣を持ち、地上から平和を奪い取り、互いに殺し合う戦いをもたらします。この世では不義が勝利するかのように見える時がありますが、結局は神の正義が不義をさばき、勝利を収めます。

祈り ヨハネの黙示録5章1~14節

祈り ヨハネの黙示録5章1~14節(新改訳 新約pp.442-443)

 私を小羊の血潮で贖い、神の子としてくださって、涙を賛美に変えてくださり感謝します。尊く偉大な主の御前に日々祈りと賛美をささげ、「王国と祭司」となって主の愛と福音を伝えることができますように。

聖書黙想 ヨハネの黙示録5章8~14節

聖書黙想 ヨハネの黙示録5章8~14節(新改訳 新約pp.442-443)
「小羊が賛美を受けられる」

 小羊イエス・キリストは創造主である神と同様に賛美を受けるにふさわしい方です。イエス・キリストが世のさばきと救いのために巻き物を手にされると、4つの生き物と24人の長老はひれ伏して楽器を奏で、聖徒の祈りの入った金の鉢をささげ、主の前にひれ伏します。また、彼らはイエス・キリストが愛によって自ら犠牲となり、血の代価で罪人を買い取られ、世で王として治める「王国」と「祭司」としてくださった恵みを賛美します。御使いたちも小羊の力と富と知恵と勢いと誉れと栄光を声高く賛美します。イエス・キリストは造られた世界と歴史を変え、救いを成就される絶対者です。イエス・キリスト以外におられません。ですから、すべての被造物は日々新しい心で、新しい歌で主を礼拝します。

聖書黙想 ヨハネの黙示録5章1~7節

聖書黙想 ヨハネの黙示録5章1~7節(新改訳 新約p.442)
「封印された巻き物を開かれる方」

 世のさばきと救いを行う唯一の方はイエス・キリストです。ヨハネは、天の御座で未来のみわざを啓示される、神の右手にある「巻き物」の「七つの封印」を解く存在を見つけることができず、もどかしい思いで激しく泣きます。そのとき、24人の長老のひとりがヨハネを慰め、ユダ族から出た獅子、ダビデの根が勝利を得たので、巻き物を開いて七つの封印を解くことができるだろうと言います。かつて十字架でほふられた小羊イエス・キリストは、よみがえられ、栄光の勝利者として天に昇られました。イエス・キリストは世の方法とは違い、仕えられ、犠牲になられることによって贖いを完成され、勝利者となられました。全き力と洞察力を備えられた小羊イエス・キリストは、聖霊によって世を統治される主権者です。

祈り ヨハネの黙示録4章1~11節

祈り ヨハネの黙示録4章1~11節(新改訳 新約pp.441-442)

 ヨハネのように聖霊に満たされ、天の御座を仰ぎ見る深い霊性をお与えください。4つの生き物と24人の長老たちのように、小羊を礼拝する者となれますように。

聖書黙想 ヨハネの黙示録4章6~11節

聖書黙想 ヨハネの黙示録4章6~11節(新改訳 新約p.442)
「天の礼拝を受けられる」

 ヨハネは、天の御座に着いている方が天の群衆から絶え間なく礼拝を受けておられるのを見ます。神を礼拝するこの群衆は2種類に分けられます。一つは、御座の回りにいる4つの生き物で、昼も夜も休みなく御座に着いている方を礼拝します。また、御座に着いている方のことを「万物の支配者、昔いまし、今いまし、後に来られる方」と言います。神のことを「未来にも存在される方」ではなく「後に来られる方」と言うのは、この方が世をさばかれるために再び来られることを暗示しています。御座に着いている方を礼拝するもう一つの群衆は24人の長老たちです。彼らは救いを受けた神の民を代表しています。彼らは冠を御座の前に投げ出しますが、これは彼らの統治権を御座に着いている方に返すことを象徴しています。

聖書黙想 ヨハネの黙示録4章1~5節

聖書黙想 ヨハネの黙示録4章1~5節(新改訳 新約p.441)
「御座に着いている方」

 ヨハネが幻で見た天の御座に着いている方の姿は、エゼキエルが見た幻に似ています(エゼキエル書1章参照)。御座からいなずまと声と雷鳴が起こり、御座の前には7つのともしびによって象徴される神の御霊がいます。御座の回りには24人の長老たちが冠をかぶって各自の座に座っています。この天の御座の幻は、天地万物の上におられる神の絶対主権を確認させてくれます。神の統治権は、空間的に天と地と海に、時間的に過去と現在と未来まで及びます。御座の前の7つの御霊は7つの教会を想起させます。7は完全数で地上にあるすべての教会を象徴します。ですから、御座の前の7つの御霊は、地上の全教会を治められる神の御霊です。教会は神の統治の対象である万物の中で神が特に関心を持っておられる対象です。

祈り ヨハネの黙示録3章14~22節

祈り ヨハネの黙示録3章14~22節(新改訳 新約p.441)

 世の富と楽しみに心を奪われた愚かさと高ぶりを悔い改めます。豊かな信仰をもって良い行いをし、真理を見分ける霊の目をもって歩む者とならせてください。