Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

2018-08-26から1日間の記事一覧

聖霊降臨節第15主日 2018年8月26日

聖霊降臨節第15主日 2018年8月26日 2018年8月26日、聖霊降臨節第15主日の礼拝を始めます。 【前奏】※初めに、心を静め、主なる神の御前に出て礼拝する思いを整えましょう。 【招詞】マタイによる福音書25章40節 「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人…

聖書黙想 マルコによる福音書12章32~34節

聖書黙想 マルコによる福音書12章32~34節(新共同訳 新約p.87)「神の国から遠くない」 主なる神が願われることは大袈裟な宗教行為ではない。律法学者は、イエス・キリストの言葉に全面的に同意し、主なる神と隣人を愛することは「どんな焼き尽くす献げ物やい…

聖書黙想 マルコによる福音書12章28~31節

聖書黙想 マルコによる福音書12章28~31節(新共同訳 新約p.87)「最も重要な掟」 一人の律法学者が「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねた。イエス・キリストは、ユダヤ人が「シェマ」と呼んで、信仰の信条としている申命記6章4~9節の一部を…

聖書黙想 コリントの信徒への手紙一13章12~13節

聖書黙想 コリントの信徒への手紙一13章12~13節(新共同訳 新約p.317)「最も大いなるもの」 賜物と愛の関係には律法と信仰の関係と似た面がある。律法は主が来られるまで私達を主なる神へと導く養育係の役割をする。しかし、律法によっては私達は義と認めら…

聖書黙想 コリントの信徒への手紙一13章4~7節

聖書黙想 コリントの信徒への手紙一13章4~7節(新共同訳 新約p.317)「愛の属性」 主なる神の愛は人間の本能的な愛と対照的である。パウロは「愛」の特徴について述べている。ここでパウロが語る愛は、人間に備わった本能的な愛ではなく、人間に対する主なる…

内村鑑三信仰著作全集 22, p.83

内村 鑑三「勇者たれ」山本泰次郎編『内村鑑三信仰著作全集』22, 東京: 教文館, 1963年, p.83 「何はともあれ勇者たれ。否と言わざるべからざる場合には否と言うべし。しかりと言わざるべからざる場合には、しかりと言うべし。人の顔を恐るるなかれ。人は神…

Schaeffer, The God Who Is There, p.140 (多井訳『そこに存在する神』p.227)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.140(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, p.227)…

Schaeffer, The God Who Is There, p.140 (多井訳『そこに存在する神』p.227)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.140(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, p.227…

Schaeffer, The God Who Is There, p.140 (多井訳『そこに存在する神』p.226)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.140(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, p.226)…

Schaeffer, The God Who Is There, p.139 (多井訳『そこに存在する神』pp.225-226)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.139(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, pp.22…

Schaeffer, The God Who Is There, p.139 (多井訳『そこに存在する神』p.225)

Francis A. Schaeffer, The God Who Is There: Speaking Historic Christianity into the Twentieth Century, London: Hodder & Stoughton, 1968, p.139(多井 一雄訳『そこに存在する神――20世紀に問うキリスト教宣教』東京: いのちのことば社, 1971年, p.225)…

聖書黙想 詩編62編8~13節

聖書黙想 詩編62編8~13節(新共同訳 旧約p.895)「主なる神の御前に心を注ぎ出せ」 心の傷が深くならないための秘訣は、日々主なる神に祈り、心を注ぎ出すことである。ダビデ個人の信仰告白は、イスラエルの民に向けた信仰的な勧めへと発展していく。ダビデは…

聖書黙想 ホセア書11章8~11節

聖書黙想 ホセア書11章8~11節(新共同訳 旧約pp.1416-1417)「憐れみに心を焼かれる主なる神」 ソドムやゴモラと共に滅びたアドマやツェボイムと比べても、イスラエルの罪は決して軽いものではなかった。イスラエルの中には姦淫や不法、弱者に対する搾取や虐…

聖書黙想 ホセア書11章1~7節

聖書黙想 ホセア書11章1~7節(新共同訳 旧約p.1416)「召しを無視したイスラエル」 主なる神の召しには明確な目的がある。もし神の民が使命を棚に上げて自分の利益の追求だけに夢中になっているなら、主なる神の義に基づく懲らしめを避けることは出来ない。主…