Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

2018-10-18から1日間の記事一覧

今井「宗教改革時代の信条」『聖書・教会・信条』p.60

今井 献「宗教改革時代の信条」吉田 隆, 今井 献, 木下 裕也, 市川 康則『聖書・教会・信条――信仰を告白し続ける教会形成をめざして』リフォームド・パンフレット; 6, 神戸: 神戸改革派神学校, 2010年, p.60 〈引用〉4 改革派信条の教理体系 改革派信条にお…

比嘉『沖繩の民族宗教とキリスト教』p.74

比嘉 盛久『沖繩の民族宗教とキリスト教』東京: いのちのことば社, 1972年, p.74 〈引用〉 人間の宗教的感覚が麻痺してしまうと、必ず魔術や迷信がはいって来る。パウロだけでなしに、この貧弱な私のような者であっても、悪霊はちゃんと、救主キリストにより…

関根, 竹内「旧約聖書」『死生観と生命倫理』p.6

関根 清三, 竹内 裕「旧約聖書――『生かされてある』生」関根 清三編『死生観と生命倫理』東京: 東京大学出版会, 1999年, p.6 〈引用〉 このように見てくるならば、旧約聖書において、人は自らの成立の最も根本的な要素である生と死の裁量権を神に委ねている…

関根, 竹内「旧約聖書」『死生観と生命倫理』pp.5-6

関根 清三, 竹内 裕「旧約聖書――『生かされてある』生」関根 清三編『死生観と生命倫理』東京: 東京大学出版会, 1999年, pp.5-6 〈引用〉 生命と死が、究極的には神から来、神の裁量に属することであり、人間の掌中にあるのではない、とする考えは、旧約にお…

関根, 竹内「旧約聖書」『死生観と生命倫理』p.5

関根 清三, 竹内 裕「旧約聖書――『生かされてある』生」関根 清三編『死生観と生命倫理』東京: 東京大学出版会, 1999年, p.5 〈引用〉 賜物としての生命 旧約において、生命世界は、他のさまざまな古代神話に見られるような神々の闘争によって生じたのでもな…

赤木『イエスと洗礼・聖餐の起源』p.285

赤木 善光『イエスと洗礼・聖餐の起源』東京: 教文館, 2012年, p.285 〈引用〉 以上紹介したカルヴァンのツヴィングリ批判は、そっくりそのまま、バルト親子に対する批判として妥当する、と言うことができます。すなわち、ツヴィングリもバルト親子も、サク…

住田『カルヴァン政治思想の形成と展開』pp.77-78

住田 博子『カルヴァン政治思想の形成と展開――自由の共同体から抵抗権へ』東京: 新教出版社, 2018年, pp.77-78 〈引用〉「闘う教会」は勇ましい名前とは裏腹に、武器を執って戦うことを想定したものではなく神の言葉を最大の武器として神の国の到来のために…

古屋『キリスト教国アメリカ再訪』pp.104-105

古屋 安雄『キリスト教国アメリカ再訪』東京: 新教出版社, 2005年, pp.104-105 〈引用〉 このように、宗教的右翼と政治的な右翼とは重複しているのである。両者の関係は、持ちつ持たれつであって、互いに自分たちのために利用しあう関係である。前者が宗教の…

森川「カルヴァンの新約聖書註解」『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』pp.139-140

森川 甫「カルヴァンの新約聖書註解」森川 甫編『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』西宮: 関西学院大学共同研究「現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム」(発売 東京: すぐ書房), 1987年, pp.139-140 〈引用〉 しかし、カトリック教会の組織の圧力…

古屋『神の国とキリスト教』pp.205-206

古屋 安雄『神の国とキリスト教』東京: 教文館, 2007年, pp.205-206 〈引用〉 日本の教会は、このような遺産を継承している教会である。神の国について語らなくなった教会である。それゆえに、教会では信仰義認を語り、教会を自己目的化した教会形成を言うよ…

荻原「カルヴィニズムと経済」『カルヴァンを継ぐもの』p.175

荻原 登「カルヴィニズムと経済」橋本 龍三, 春名 純人編『カルヴァンを継ぐもの』日本カルヴィニスト協会二十周年記念論文集; 1, 東京: すぐ書房, 1978年, p.175 〈引用〉 カルヴァンの注解書にはこのような言葉が充ち溢れている。この世での成功、物質的豊…