Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

2018-11-05から1日間の記事一覧

住田『カルヴァン政治思想の形成と展開』p.143

住田 博子『カルヴァン政治思想の形成と展開――自由の共同体から抵抗権へ』東京: 新教出版社, 2018年, p.143 本章の第1節で確認したところによれば、カルヴァン神学が考える神の民とは、神との間に契約を結んだ人間集団であった。しかし、「神の民」たる教会…

山中「カルヴァンの『キリスト教綱要』における神認識と自己認識について」『カルヴァンを継ぐもの』pp.108-109

山中 良知「カルヴァンの『キリスト教綱要』における神認識と自己認識について――有神的認識論序説」橋本 龍三, 春名 純人編『カルヴァンを継ぐもの』日本カルヴィニスト協会二十周年記念論文集; 1, 東京: すぐ書房, 1978年, pp.108-109 〈引用〉 さて、カル…

Wolters, Creation Regained (宮崎訳『キリスト者の世界観』p.131)

Albert M. Wolters, Creation Regained: Biblical Basics for a Reformational Worldview, Grand Rapids, Mich.: William B. Eerdmans Pub., 2005, 2nd ed.(宮崎 彌男訳『キリスト者の世界観――創造の回復』東京: 教文館, 2018年, 増補改訂版, p.131) 〈引用〉…

Wolters, Creation Regained (宮崎訳『キリスト者の世界観』pp.116-117)

Albert M. Wolters, Creation Regained: Biblical Basics for a Reformational Worldview, Grand Rapids, Mich.: William B. Eerdmans Pub., 2005, 2nd ed.(宮崎 彌男訳『キリスト者の世界観――創造の回復』東京: 教文館, 2018年, 増補改訂版, pp.116-117) 〈…

村田「技術社会とキリスト教(I)」『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』p.184

村田 充八「技術社会とキリスト教(I)――技術社会の位置付けをめぐって」森川 甫編『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』西宮: 関西学院大学共同研究「現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム」(発売 東京: すぐ書房), 1987年, p.184 〈引用〉 前節にお…

Klooster, Calvin’s Doctrine of Predestination (金田訳『カルヴァンの予定論』pp.82-83)

Fred H. Klooster, Calvin’s Doctrine of Predestination, Grand Rapids, Michigan: Baker Book House, 1977, 2nd ed.(金田 幸男訳『カルヴァンの予定論』竹原: 聖恵授産所出版部, 1984年, pp.82-83) 〈引用〉 神の遺棄の聖定は、明白に、個人を対象とするが…

Klooster, Calvin’s Doctrine of Predestination (金田訳『カルヴァンの予定論』pp.78-79)

Fred H. Klooster, Calvin’s Doctrine of Predestination, Grand Rapids, Michigan: Baker Book House, 1977, 2nd ed.(金田 幸男訳『カルヴァンの予定論』竹原: 聖恵授産所出版部, 1984年, pp.78-79) 〈引用〉遺棄に関わる聖定 カルヴァンは、永遠の神の計画…

服部『ニネベか? タルシシュか?』p.14

服部 嘉明『ニネベか? タルシシュか?――「ヨナ書」の解答』〈GREEN BOOKS〉聖書の学びシリーズ: 2(ヨナ書), 小平: 暁書房, 1991年, p.14 〈引用〉 ヨナはそのような状況の中で、神さまからの呼びかけを受けたのです。私たちへの神さまの呼びかけも、各自が置…

石川「ルツ記一章」『イースター、ペンテコステ、クリスマス、ルツ記、ダニエル書、オバデヤ書、ヨナ書』p.119

石川 立「ルツ記一章」日本キリスト教団出版局編『イースター、ペンテコステ、クリスマス、ルツ記、ダニエル書、オバデヤ書、ヨナ書』アレテイア――釈義と黙想, 東京: 日本キリスト教団出版局, 2003年, p.119 〈引用〉 ルツ記の中のキーワードのひとつは、一…

Williamson, 1 and 2 Chronicles (杉本訳『歴代誌上・下』pp.60-61)

H. G. M. Williamson, 1 and 2 Chronicles: Based on the Revised Standard Version, New Century Bible Commentary, Grand Rapids, Mich.: W.B. Eerdmans, 1982(杉本 智俊訳『歴代誌上・下』ニューセンチュリー聖書注解, 東京: 日本キリスト教団出版局, 200…

ネービー『歴代志の研究』p.57

ロイド・ネービー著, 田坂里子訳『歴代志の研究』東京: 聖文舎, 1979年, p.57 〈引用〉 旧約聖書の強調するところは、神殿は神が「常駐する」所ではなく、そこにおいて人間と会うために現われる場所、人間がその神の前に「香を焚く」場所である。神の超越性…

手島『心を鍛える「聖書」』p.175

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.175 〈引用〉 地上で本当に神の権威に服して生きないで、死後にわかに天国の市民権を得るなどという身勝手なことは、聖書もイエスも保証していない。 イ…

手島『心を鍛える「聖書」』p.47

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.47 〈引用〉 ユダヤ人はいずれも個性が強く、各自がその考えを主張して譲らないものの、それほど分裂することもなく今日までよく民族としての主体性を守…

三田村『大東亜戦争とスターリンの謀略』p.127

三田村 武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略――戦争と共産主義』自由選書, 東京: 自由社, 1987年, p.127 〈引用〉 前編で明らかにした如く、日本の変革史は昭和二年、即ち一九二七年にスタートして居るが、この変革へのスタートは、ファッシズム革命への道と…

三田村『大東亜戦争とスターリンの謀略』p.63

三田村 武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略――戦争と共産主義』自由選書, 東京: 自由社, 1987年, p.63 〈引用〉日本及アジアの共産主義革命 「最も進歩的な政治評論家」「近代志那研究の権威者」の名声の下に、彼尾崎が命がけで押し進めて来た「内在的思想目…

三田村『大東亜戦争とスターリンの謀略』pp.22-23

三田村 武夫『大東亜戦争とスターリンの謀略――戦争と共産主義』自由選書, 東京: 自由社, 1987年, pp.22-23 〈引用〉 こゝで、一言しておきたいことは、共産主義者の道徳的規律の問題だ。これはレーニンの教へてゐるとほり、言ふまでもないことだが、新しい戦…

吉田『日米同盟の制度化』pp.302-303

吉田 真吾『日米同盟の制度化――発展と深化の歴史過程』名古屋: 名古屋大学出版会, 2012年, pp.302-303 〈引用〉 実際、そうした兆候も存在する。一例として、2006年以降、対日防衛公約が米国政府高官によって繰り返し再確認され、2009年には、拡大核抑止を主…

中島『沖縄返還と日米安保体制』p.348

中島 琢磨『沖縄返還と日米安保体制』東京: 有斐閣, 2012年, p.348 〈引用〉 本書では、佐藤榮作政権が沖縄の施政権返還を実現する過程を、返還を可能とした安全保障上の条件に着目しながら考察した。その過程から明らかになったように、佐藤政権は、韓国、…

岸『はじめての沖縄』p.157

岸 政彦『はじめての沖縄』よりみちパン!セ; YP01, 東京: 新曜社, 2018年, p.157 〈引用〉 私たちはともすれば、差別や貧困に苦しむ沖縄人、基地の被害に悩む沖縄人を描いてしまう。しかし、現場に深く入り込んで多くの人びとに会うと、現実はそんなに簡単で…

中島『「人間嫌い」のルール』p.134

中島 義道『「人間嫌い」のルール』PHP新書; 468, 東京: PHP研究所, 2007年, p.134 〈引用〉 他人の評価に一喜一憂しないこと、これは他人からの独立を目指すためには必須不可欠なルールである。だが、これを実践することは、私にとってとりわけ難しいもので…

中島『「人間嫌い」のルール』p.77

中島 義道『「人間嫌い」のルール』PHP新書; 468, 東京: PHP研究所, 2007年, p.77 〈引用〉 私とて昔のことを懐かしく思わないことはない。だが、――これが大多数の人と違うところなのだが――、昔の仲間たちとそれを懐かしむことが好きではない。中高年の鈍重…

中島『人生を「半分」降りる』p.194

中島 義道『人生を「半分」降りる――哲学的生き方のすすめ』京都: ナカニシヤ出版, 1997年, p.194 〈引用〉哲学したければしなさい! 私はほんのときたまですが、人生相談を受けることがあります。本人は岐路に立たされている。自分ではAを取りたいことはもう…

中島『人生を「半分」降りる』p.59

中島 義道『人生を「半分」降りる――哲学的生き方のすすめ』京都: ナカニシヤ出版, 1997年, p.59 〈引用〉 現代日本で、とくに若者のあいだで「明るくしなければならない」重荷は、とても大きいように感じます。それに適応力のない者は疎外されてゆく。自分は…

中島『孤独について』p.180

中島 義道『孤独について――生きるのが困難な人々へ』文春新書; 005, 東京: 文藝春秋, 1998年, p.180 〈引用〉 私のこれまでの人生は、――すでに紹介したように――文字通り挫折の連続でありながら、それぞれの挫折が次のより広い世界を開いてくれた。あのとき法…

中島『孤独について』p.113

中島 義道『孤独について――生きるのが困難な人々へ』文春新書; 005, 東京: 文藝春秋, 1998年, p.113 〈引用〉 こうした(外面的に)挫折していない人々はとても善良である。素直でいじけたところが少ない。だが、その善良さ素直さが(当時の私のような)人生の敗…

中島『孤独について』pp.78-79

中島 義道『孤独について――生きるのが困難な人々へ』文春新書; 005, 東京: 文藝春秋, 1998年, pp.78-79 〈引用〉 私はこうした「悩み」を抱え、はち切れそうになって少年時代を過ごしたのだ。それは、本当に独特の意味で辛いものであった。私が医学的に公認…