Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 イザヤ書

聖書の黙想と適用 イザヤ書5章1~7節

聖書の黙想と適用 イザヤ書5章1~7節(新共同訳 旧約p.1067) (1) 主なる神の期待と落胆(1~2節) 主なる神は農夫であり、イスラエルの民は「ぶどう畑」(1節)である。農夫は「良いぶどうが実る」ことを期待して、「肥沃な丘」を「よく耕して石を除き、良いぶど…

聖書の黙想と適用 イザヤ書4章1~6節

聖書の黙想と適用 イザヤ書4章1~6節(新共同訳 旧約p.1066) (1) 裁きの日に恥を見る女(1節) エルサレムは主なる神の厳しい裁きによって荒れ果て、残された者は大きな災いと苦難に遭う。特に女はひどい苦しみと恥を味わう。 男がバビロンの軍隊によって「剣に…

聖書の黙想と適用 イザヤ書3章13~26節

聖書の黙想と適用 イザヤ書3章13~26節(新共同訳 旧約pp.1065-1066) (1) シオンの娘の高慢(13~23節) 美しさを慕い求め、自分の外見を飾ること自体は罪ではない。問題は外に表れている姿と内に隠されている姿との不均衡である。人は外見を見るが、主なる神は…

聖書の黙想と適用 イザヤ書3章1~12節

聖書の黙想と適用 イザヤ書3章1~12節(新共同訳 旧約p.1065) (1) 頼るべき対象を誤ったイスラエル(1~7節) 偶像礼拝とは主なる神以外の何かを主なる神以上に頼りにすることである。ユダの民は主なる神よりもパンや水といった生活の必需品を頼りにした(1節)。…

聖書の黙想と適用 イザヤ書2章12~22節

聖書の黙想と適用 イザヤ書2章12~22節(新共同訳 旧約p.1064) (1) 高ぶる者は低くされる(12~21節) 主なる神は「誇る者と傲慢な者」(12節)を嫌われる。にもかかわらず、イスラエルの民は主なる神を忘れ、高慢になり、その言葉を心に留めなかった。 イスラエ…

聖書の黙想と適用 イザヤ書2章1~11節

聖書の黙想と適用 イザヤ書2章1~11節(新共同訳 旧約pp.1063-1064) (1) 道を示される主なる神(1~4節) イザヤは主なる神が全世界の支配者であられることを宣言する(2節)。主なる神は異邦の神々のように限界のある存在ではない。神の国はイスラエルの民にだけ…

聖書の黙想と適用 イザヤ書1章21~31節

聖書の黙想と適用 イザヤ書1章21~31節(新共同訳 旧約pp.1062-1063) (1) 不義に満ちたイスラエル(21~23節) 聖書において主なる神とその民の関係は夫婦の関係として表されている。結婚した夫婦が守るべき最も重要な原則は「忠実」(21節)であることである。か…

聖書の黙想と適用 イザヤ書1章10~20節

聖書の黙想と適用 イザヤ書1章10~20節(新共同訳 旧約pp.1061-1062) (1) 悪を行うことをやめよ(10~17節) 心の込もっていない義務的な孝行を喜ぶ親はいない。同様に、形式的な信仰の行いが主なる神に喜ばれることはない。イスラエルは、「ソドムの支配者」「…