Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

読書記録 T

手島『心を鍛える「聖書」』p.123

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.123 〈引用〉 モーセに関して言えることは、彼は個人的には必ずしも自信がある人ではなかったが、土壇場になると民族の存亡に歴史的使命と歴史の要請を…

手島『心を鍛える「聖書」』p.40

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.40 〈引用〉 自分自身の目標に向かって歩むとき、アブラハムにかぎらず、人は誰でも郷党に別れ、血縁生地を離れ、あまつさえ親の影響や家業とも訣別しな…

手島『心を鍛える「聖書」』p.141

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.141 〈引用〉 例えば、今日でも熱心なユダヤ教の家庭では、たいてい壁に、「エホバを常にわが前に置く」(詩篇十六篇八節)という聖書の一節が掲げられて…

手島『心を鍛える「聖書」』p.220

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.220 〈引用〉 イエスが逮捕され処刑されるや、弟子たちは周囲の視線を恐れて、宿に引きこもっていたとヨハネは述べている。師イエスの処刑に関連して、…

手島『心を鍛える「聖書」』p.175

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.175 〈引用〉 地上で本当に神の権威に服して生きないで、死後にわかに天国の市民権を得るなどという身勝手なことは、聖書もイエスも保証していない。 イ…

手島『心を鍛える「聖書」』p.47

手島 佑郎『心を鍛える「聖書」――いま自分と社会を見つめなおす』東京: 日本マンパワー出版, 1992年, p.47 〈引用〉 ユダヤ人はいずれも個性が強く、各自がその考えを主張して譲らないものの、それほど分裂することもなく今日までよく民族としての主体性を守…

高橋『哀れみに胸を熱くする神』p.147

高橋 秀典『哀れみに胸を熱くする神 「万軍の主(ヤハウェ)の熱心」の記録――ヨシュアからバビロン捕囚まで』東京: いのちのことば社, 2008年, p.147 「サウルは悲劇の王です。イスラエルの初代の王として、神によって選ばれ、誰よりもすばらしい栄誉を受け、…

蔦田「なぜ聖書信仰が必要か」『なぜ聖書信仰が必要か』pp.12-13

蔦田 二雄「なぜ聖書信仰が必要か」蔦田 二雄, 石丸 新, 村瀬 俊夫『なぜ聖書信仰が必要か――神学・教会・倫理』東京: いのちのことば社, 1970年, pp.12-13 「A もし聖書信仰が否定され、聖書が信頼に値する誤りなき神のことばでないとする場合、まず第一に考…

津城『〈公共宗教〉の光と影』p.183

津城 寛文『〈公共宗教〉の光と影』東京: 春秋社, 2005年, p.183 「なお、日猶同祖論と表裏して対日ユダヤ陰謀説の系譜もあり、その最近の論者としては、宇野正美、太田竜らがある。このうち、かつて左翼の活動家であった太田はユダヤを近代主義の元凶として…

竹山『昭和の精神史』p.72

竹山 道雄「昭和の精神史」『昭和の精神史』竹山道雄セレクション; 1, 東京: 藤原書店, 2016年, p.72 「『皇道派とか統制派とか、そんなものはなかった。それはジャーナリストがつくったものだ』――ある旧軍部の中枢にいた人がこういったのをきいたことがある…

竹山『昭和の精神史』p.144

竹山 道雄「昭和の精神史」『昭和の精神史』竹山道雄セレクション; 1, 東京: 藤原書店, 2016年, p.144 「戦争や領土欲は資本主義以前にもあった。共産主義国もそれをした。ただ近代では強い国はみな資本主義国だったから、それで強い国のすることはみな資本…

竹山『昭和の精神史』pp.75-76

竹山道雄「昭和の精神史」『昭和の精神史』竹山道雄セレクション; 1, 東京: 藤原書店, 2016年, pp.75-76 「ここに、革新派軍人は『国体の本義』を手中におさめることによって、権威を確立した。旧体制は悪の烙印をおされた。機関説的天皇はますます影がうす…

竹山『昭和の精神史』p.52

竹山道雄「昭和の精神史」『昭和の精神史』竹山道雄セレクション; 1, 東京: 藤原書店, 2016年, p.52 「インテリのあいだには左翼思想が風靡して、昭和のはじめは『赤にあらずんば人にあらず』というふうだった。指導的な思想雑誌はこれによって占められてい…