Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

読書記録 W

渡辺『科学者とキリスト教』p.157

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.157 〈引用〉 第二には、いくつかの点で、宗教的な目的を達成するための有効な方法として科学が重要視されたことである。この傾向はカルヴィニスト、…

渡辺『科学者とキリスト教』p.155

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.155 〈引用〉 そこで、マートンの説とその後の議論とを踏まえてプロテスタンティズムと近代科学の関係をまとめてみると、次のようにいえるのではある…

渡辺『科学者とキリスト教』p.154

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.154 〈引用〉(1) 自然の研究は神の創造の御業をより深く理解させるものであるというプロテスタントの信念。(2) 神の御業への深い理解は神の知恵と力…

渡辺『科学者とキリスト教』p.153

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.153 〈引用〉 さてマートンは、ウェーバーのこういう研究その他に刺激されて、プロテスタンティズムと近代科学の関係を研究したのであるが、彼はまず…

渡辺『科学者とキリスト教』p.152

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.152 〈引用〉 この近代科学が始められたのは一七世紀のヨーロッパであり、当時いちばんの中心舞台となったのは、ニュートンが出たイギリス、王立協会…

渡辺『科学者とキリスト教』pp.151-152

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, pp.151-152 〈引用〉 それどころか、キリスト教と近代科学の間には、キリスト教的世界観・人間観・自然観が近代科学の誕生と発展にかけがえのない寄与…

渡辺『科学者とキリスト教』p.151

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.151 〈引用〉18 プロテスタンティズムと近代科学 キリスト教と近代科学の関係については、従来はとかく、両者が対立・矛盾の関係にあるように考えら…

渡辺『科学者とキリスト教』p.68

渡辺 正雄『科学者とキリスト教――ガリレイから現代まで』ブルーバックス; B-686, 東京: 講談社, 1987年, p.68 〈引用〉 では実際にはどうだったのだろうか。まずガリレイは、生涯誠実なキリスト教徒であり、カトリック教徒であった。その頃、地動説を提唱し…

渡辺「カルヴァンにおける教会法と国家法」『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』p.99

渡辺 信夫「カルヴァンにおける教会法と国家法」森川 甫編『現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム』西宮: 関西学院大学共同研究「現代におけるカルヴァンとカルヴィニズム」 (発売 東京: すぐ書房), 1987年, p.99 「教会が国家から分離して自立して行くた…

渡辺『カルヴァンの教会論』p.209

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, p.209 「交わり(コイノーニア)には、昔から『施し』の意味があった(IIコリント九・一三参照)。交わりが最も深い意味で支えられる聖晩餐は、また同時に、乏しい者たちのために、持つ物を施す愛を養わず…

渡辺『カルヴァンの教会論』pp.200-201

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, pp.200-201 「教会がそこにあることを見わける目じるし(nota)の一つとして、訓練ないし規律、戒規を数えるべきかどうか。一般に改革派においては、ルター派よりもずっと訓練を重んじる。その典型とし…

渡辺『カルヴァンの教会論』p.112

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, p.112 「カルヴァンはこの紛争の調停を二つのことの強調によってつけようとする(四・一・六)。一つは、御言葉の説教と御霊との結びつきである。この結びつきがなければ、説教の実りはないのである。す…

渡辺『カルヴァンの教会論』p.112

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, p.112 「もう一方において、カルヴァンは信仰の発端と全行程が、ただ神の働きにのみ帰せられることを強調する。ミニステリウムが御霊と結びつくことは上述の通りであるが、御霊を内包することによって…

渡辺『カルヴァンの教会論』p.49

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, p.49 「カルヴァンの神学体系において選びの教理が中心的な位置を占めているとの解釈は、今日のカルヴァン研究者の間ではもはや有力な支持を得ることはできない。けれども、カルヴァンが選びを非常に…

渡辺『カルヴァンの教会論』p.45

渡辺 信夫『カルヴァンの教会論』東京: 改革社, 1976年, p.45 「それでは、教会を信じる信じ方は、いかなるものであろうか。これは教会が選ばれたものであること、恵みのわざの実りであるがゆえに確かさを持つこと、と関係する。それとともに、『教会を信ず…