Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編21編1~14節

聖書の黙想と適用 詩編21編1~14節(新共同訳 旧約pp.851-852)

(1) 主なる神の御救いの故に喜び躍る(1~8節)

 ダビデは主なる神の「御力を喜び祝い/御救いのゆえに喜び躍る」(2節)。主なる神は、ダビデに「豊かな祝福を与え」(4節)、「命を得させ」(5節)、「栄えと輝き」(6節)を授けられた。
 主なる神が「御顔を向けられる」(7節)ことによって主の臨在を体験した時、ダビデは「いと高き神の慈しみに支えられ/決して揺らぐことがない」人生を生きるようにされた(8節)。ダビデは「主に依り頼む」(8節)ことによって主の御救いを体験した。
 主なる神は万物を造られた創造主であり、全知全能の方であり、王の中の王であられる。また、ご自身に依り頼む民に憐れみを施される方であられる。主なる神に望みを置く者は、その御力を見、喜び祝いながら生きることが出来る。

(2) ご自分に敵対する者に怒りを表される主なる神(9~14節)

 ダビデは、主なる神に対し「あなたの御手は敵のすべてに及び/右の御手はあなたを憎む者に及ぶ」(9節)と告白する。主なる神が「怒りを表されるとき」、彼らは主なる神の「怒りに呑み込まれ、炎になめ尽くされ」(11節)る。そして、本人だけでなく、子孫までもが「人の子の中から断たれる」(11節)。
 主なる神の敵は、主なる神に向かって「悪事をたくらみ/陰謀をめぐらすが、決して成功しない」(12節)。何故なら、彼らは主なる神を相手にして戦っているからである。主なる神は彼らを「引き倒し/彼らに向かって弓を引き絞られる」(13節)。この約束を与えられている神の民は、「御力を表される主をあがめ」、「力ある御業をたたえ」、「賛美の歌をうた」わずにはいられなくなる(14節)。