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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編30編1~13節

聖書の黙想と適用 詩編30編1~13節(新共同訳 旧約p.860)

(1) 命を得させて下さる主なる神(1~6節)

 ダビデは、「わたしの神、主よ、叫び求めるわたしをあなたは癒してくださいました」(3節)と告白し、自分の病を癒して下さった主なる神に感謝と讃美を献げている(2節、5節)。「わたしを引き上げてくださいました」(2節)、「主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ/墓穴に下ることを免れさせ/わたしに命を得させてくださいました」(4節)という言葉から、彼が自分の力では抜け出せない状況にあったことが分かる。
 謙って主なる神を求めたダビデに、主なる神は「命を得させること」(6節)によって応えて下さった。病を通してダビデは自分を引き上げて下さる方がいることを知った。主なる神は、ご自分の民の切実な訴えを聞いて、絶望と苦しみの中から引き上げて下さる方、「泣きながら夜を過ごす人にも/喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる」(6節)方である。

(2) とこしえにあなたに感謝をささげます(7~13節)

 ダビデは、「平穏なときには」慢心して、「わたしはとこしえに揺らぐことがない」(7節)と豪語した。しかし、主なる神が「御顔を隠され」、危機に直面すると、彼は「たちまち恐怖に陥」(8節)った。ダビデは、今自分が享受している健康も繁栄も、自分の力で得、保っているものであると考えるようになっていた。そして、それを与えて下さった主なる神に依り頼まなくなっていた。私達も、物事が順調に行っている時、主なる神を忘れ、その御声を聞かなくなってしまう。自分が罪深く、油断するとすぐに倒れてしまう者であることを認めよう。
 ダビデは、危機の中で自分の弱さを認め、「主よ、耳を傾け、憐れんでください。主よ、わたしの助けとなって下さい」(11節)という祈りへと導かれた。そして、悲しみが喜びに変わる恵みを経験し、「わたしの神、主よ/とこしえにあなたに感謝をささげます」(13節)と主なる神に感謝と讃美を献げた。私達は一瞬でも主なる神の恵みがなければ生きることが出来ない。ダビデのように「主よ、わたしはあなたを呼びます。主に憐れみを乞います」(9節)と日々告白し、折に適った主なる神の助けを求め、それを受ける必要がある。