Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 詩編34編1~11節

聖書研究 詩編34編1~11節(新共同訳 旧約pp.864-865)

(1) 主をたたえよ(1~7節)

 詩編34編は「ダビデがアビメレクの前で狂気の人を装い、追放されたときに」(1節)作った詩である(サムエル記上21章11~16節)。ダビデは、サウルに命を狙われ、仕方なく敵の地に逃れた。彼は、自分の身分を正直に明かすことが出来ず、危機を乗り切るために、涎を垂らして、気が狂ったふりをするなど、屈辱的な演技をしなければならなかった。ダビデにとってこの時ほど過酷な状況はなかった。
 しかし、そのような状況の中にあっても、ダビデは主なる神を讃美し(2~4節)、主なる神に依り頼んだ(5節)。そして、主なる神は、ダビデの祈りに答え、彼を「脅かすもの」や「苦難」から「常に救い出し」た(5節、7節)。このようなダビデの経験は「貧しい人」(2節)の望みとなる。

(2) 主を畏れ敬え(8~11節)

 ダビデは目に見える現実の背後で起こっている霊的戦いを悟った。主なる神は、天の軍隊である「主の使い」を送り、「主を畏れる人を守り助けて」下さる。主の使いが、その人の「周りに陣を敷き」、敵の手から救ってくれるのである(8節)。
 ダビデは「主を畏れる人には何も欠けることがない」(10節)ことをはっきりと確信した。それ故、「若獅子は獲物がなくて飢えても/主に求める人には良いものの欠けることがない」(11節)とダビデは叫ぶ。他のいかなるものよりも主なる神を畏れ、主の「御もとに身を寄せる」(9節)ことが、神の民の正しい態度であるということを、彼は苦難を通して学んだ。