Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編37編27~40節

聖書の黙想と適用 詩編37編27~40節(新共同訳 旧約p.870)

「主に従う人の救いは主のもとから来る/災いがふりかかるとき/砦となってくださる方のもとから」(39節)。

 人間は主なる神の恵みなしに生きることは出来ない。主なる神によって罪と死から救い出された者は、その後も主なる神の恵みが必要である。自分の力で救われたのではなく、主なる神の一方的な恵みによって救われたので、主なる神の恵みによらずして信仰によって歩んでいくことは出来ない。主の助けが必要であり、主なる神に拠り頼むための信仰さえ主なる神に与え続けていただかなければならない。そして、与えられた信仰に立って主なる神の言葉に従うなら、主なる神の助けを得ることが出来る。私達は主の助けと恵みが必要な存在である。だから、主に拠り頼まなければならない。それは主の言葉を聴いて行うということである。
「悪を避け、善を行」うためにはいつも主の助けが必要である(27節)。「主は正義を愛される」(28節)方である。この主といつも共にいて、その御声に耳を傾け、「主に望みをおき、主の道を守」らなければならない(34節)。主なる神に拠り頼む人の心には主の教えがある。だから、その人は知恵深く語り、正義を行うようになる。そして、心に主の言葉がある人は決して揺るがされない(31節)。主の言葉を守る人を主の言葉が守る。そして、救いの完成へと導かれていく。