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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 テモテへの手紙一5章1~16節

聖書研究 テモテへの手紙一5章1~16節(新共同訳 新約p.388)

(1) 家族としての教会(1~2節)

 教会は、年齢も性格も社会的身分も異なる者が、イエス・キリストの贖いによって救われ、一つとされた共同体であり、唯一の神を父とする家族である。教会がこの世の風潮に流されて個人主義に陥ることは、主なる神の教えに逆行している。
 パウロはテモテに、教会の人々に対する関わり方を指導した。それを一言で表すならば、家族のように接するということである。即ち、老人に対しては「自分の父親と思って」、年老いた婦人に対しては「母親と思い」、礼儀と敬意をもって接し、若い男に対しては「兄弟と思い」、親愛と信頼をもって接し、若い女性に対しては「常に清らかな心で姉妹と思って」接するよう教えた(1~2節)。
「清らかな心で」と訳されているギリシア語(ἁγνείᾳ [hagneia])の原形ἁγνεία [hagneia]は、性的な純潔の意味も含んでいる。また、この語は「全ての」「完全な」を意味するπάσῃ [pasē]――新共同訳では「常に」と訳されている――によって修飾されている。ここでパウロはテモテに、若い女性と関わる時には完全な性的純潔を保つよう指導している。

(2) やもめ(寡婦)に対する援助と指導(3~16節)

 パウロがこの手紙を書いた当時のローマ帝国では、生活保護のような社会保障はなかった。いわゆる《パンとサーカス》はローマ市民に限定されていた。年金も退役した軍人、戦場で傷を負って第一線を退いた軍人、或いは戦死した軍人の遺族に限定されていた。また、女性が男性から自立して仕事を持ち、独力で生計を立てることは殆ど不可能であった。そのため、女性は夫が先立たれると、日々の生活にも困窮した。それ故、彼女達に対する関わりは、教会にとって重要な牧会上の課題であった。
 パウロはテモテに「身寄りのないやもめを大事にしてあげなさい」(3節)と述べている。現代においても貧しさと孤独の中で、悩みを抱えて生活している人が次第に増えているが、「孤児と寡婦の権利を守り、寄留者を愛」(申命記10章18節)することは、主なる神が律法において命じておられることである。
 その上で、「やもめに子や孫がいるならば、これらの者に、まず自分の家族を大切にし、親に恩返しをすることを学ばせる」よう、パウロは教えている。「自分の親族、特に家族の世話をしない者」は「信者でない人にも劣って」(8節)いるとパウロは言う。主なる神の言葉を知らない人の中にも、自分の家族の世話をしている人はいる。また、律法によれば、父母を軽んじる者は主なる神の御心に背いている(出エジプト記20章12節、申命記27章16節)。それならば、主なる神の民は尚のこと家族を顧みるべきであろう。また、信徒の身内にやもめがいる場合、「信者の婦人」がその世話をすることによって、「教会は身寄りのないやもめの世話をすることができ」るとパウロは述べている(16節)。家庭は教会の基礎である。教会が仕える共同体になるためには、家庭で仕えることを教え、学ばなければならない。
 その一方で、パウロはテモテに、「身寄りがなく独り暮らしのやもめ」(5節) に「神に希望を置き、昼も夜も願いと祈りを続け」(5節)るよう教えることを命じている。それは、彼女達が「非難されたりしない」(7節)ためであった。パウロは「放縦な生活をしているやもめ」について「生きていても死んでいるのと同然」と批判する(6節)。そして、「やもめとして登録するのは、六十歳未満の者ではなく、一人の夫の妻であった人、善い行いで評判の良い人でなければなりません。子供を育て上げたとか、旅人を親切にもてなしたとか、聖なる者たちの足を洗ったとか、苦しんでいる人々を助けたとか、あらゆる善い業に励んだ者でなければなりません」(9~10節)と語っている。
 また、パウロは、若いやもめについてはやもめとして登録しないようテモテに命じている(11節)。というのは、「彼女たちは、情欲をかられてキリストから離れる」(11節)危険性があるからである。そのようなやもめは、「家から家へと回り歩くうちに怠け癖がつき、更に、ただ怠けるだけでなく、おしゃべりで詮索好きになり、話してはならないことまで話し」(13節)だし、「非難を受けることになる」(12節)とパウロは警告する。実際、エフェソの教会には、「道を踏み外し、サタンについて行ったやもめ」(15節)、即ち信仰を捨ててしまったやもめがいたようである。
 そこで、パウロは、「反対者に悪口の機会を一切与えない」ためにも、若いやもめは「再婚し、子供を産み、家事を取りしき」るべきであると希望する(14節)。苦しみの中にいる人々を助けることは良いことであるが、時として逆効果になることがある。テモテは、教会を建て上げていくために、やもめを正しく指導し、誤った道に陥りそうな可能性を断つ必要があった。