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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書のメッセージ ルカによる福音書3章3節

聖書のメッセージ ルカによる福音書3章3節(新共同訳 新約p.105)

 私達は「ありのままでいい」という言葉をしばしば耳にする。確かに、主なる神は私達一人一人を愛して下さっている。私達一人一人に掛け替えのない人生を与えて下さっている。私達は他の人になることは出来ない。たとえ家族であっても、私の代わりに私の人生を生きることは出来ない。
 しかし、主なる神は私達が罪を犯すことを「そのままでいい」と見過ごされることはない。それ故、バプテスマのヨハネは「罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼」を宣べ伝えた。そして、ヨハネが教えた悔い改めは、心の中だけのことではなく、とても具体的なものであった(11節、13~14節)。主なる神は私達が日々の生活の中で御心に従って生きることを望んでおられるからである。私達が罪を悔い改める時、主なる神を蔑ろにし、他の人を愛さないままでいることは出来なくなる。その意味でありのままでいてはいけないとヨハネは語った。
 とはいえ、私達は悔い改めても、すぐに罪を犯してしまう弱さを持っている。新しい年を迎え、私達は「今年こそ〇〇しよう」と決心したかも知れない。しかし、1日過ぎ、2日過ぎ、そして3日が過ぎると、言ったことを破ってしまう。私達は生き方を変えることがなかなか出来ない。
 そのような私達に、ヨハネは自分の後に彼よりも「優れた方が来られる」(16節)と告げた。それこそイエス・キリストである。イエス・キリストは私達を救うために十字架にかかって死んで下さった。そのことによって私達は主なる神から罪を赦された。このイエス・キリストの愛を想い起こす時、私達は、自分のことばかり考える者から主なる神に目に向ける者へと変えられていく。また、自分に与えられているものを自分のためだけに使う者から他の人のために使う者へと変えられていく。
 イエス・キリストの愛の中で、私達はヨハネが教えた悔い改めに相応しい実を結ぶことが出来る。イエス・キリストにあって自分中心の生き方を主なる神が願われる生き方に少しでも近づけることが出来ればと願う。

祈り
 愛する天の父よ、あなたの御名を心からほめたたえます。主よ、私達はあなたの御心を自分の思いとしたいと願いますが、すぐに自分が中心になってしまいます。そのような私達に、あなたの御子イエス・キリストが示して下さった愛を思い起こさせて下さい。御言葉を通してあなたが望んでおられることを私達に教えて下さい。そして、あなたの御心を行う力と思いを私達に与えて下さい。イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。