Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 テモテへの手紙二4章9~22節

聖書の黙想と適用 テモテへの手紙二4章9~22節(新共同訳 新約p.395)

「ルカだけがわたしのところにいます。マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです」(11節)

 パウロは苦難に耐えられなくなった人が1人、2人と、自分のもとを離れていく痛みを経験した。デマスはパウロの働きを助けていたが、「この世を愛し」、信仰を捨てて、パウロから去ってしまった(10節)。そして、パウロの協力者ではなく、世を愛してパウロと信仰を捨てた人として世々記憶されることになった。
 マルコは彼とは対照的である。バルナバの甥であり、最後の晩餐のために家の広間を提供し(ルカによる福音書22章12~13節)、パウロの第1次宣教旅行に同行して共に働いた。しかし、パンフィリア州のペルゲで急に投げ出して帰ってしまい(使徒言行録13章13節)、パウロは彼にいたく失望した。そのマルコが、後にパウロの働きに再び深く関わるようになり、「わたしの協力者」(フィレモンへの手紙24節)、「彼はわたしの務めをよく助けてくれる」(11節)と言われるまでに成長した。
 デマスとマルコは、初めと終わりにおいて全く逆の人生を生きた。デマスは初めは良かったが後には去って行き、マルコは初めは信仰が弱く、途中で投げ出してしまったが、後にはパウロの同労者となった。出発は良くても、結末が有耶無耶になる尻すぼみの信仰ではなく、初めより結末がもっと良い信仰になるよう成長しよう。