Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書1章18~25節

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書1章18~25節(新共同訳 新約pp.99-100)

(1) ザカリアの疑い(18~19節)

 祭司ザカリアは、天使ガブリエルから「あなたの妻エリサベトは男の子を産む」(13節)と聞いた時、「何によって、わたしはそれを知ることができるのでしょうか」(18節)と確かな証拠を求めた。ザカリアは「老人」で、妻エリサベトも「年をとって」おり、しかも「不妊の女」(7節)だったからである(18節)。ギリシア語の原文には、強調のために「わたしは」という語(ἐγώ [egó])が敢えて記されている。また、「何故なら」に当たる接続詞(γάρ [gar])も記されている。
 聖書には主なる神に証拠を求める記事が幾つかあり、そのこと自体は必ずしも不信仰とされているわけではない(創世記15章8節、士師記6章37節、列王記下20章8節)。しかし、この時ザカリアが証拠を求めたのは、天使の言葉を信じられなかったからである(20節)。これまでずっと祈り求めてきたことが聞き入れられ(13節)、主なる神が子供を与えると言われたにもかかわらず、その知らせをザカリアは信じることが出来なかった。
 天使は、ザカリアに証拠を示す前に、自分が「ガブリエル」であり、「神の前に立つ者」であると告げる(19節)。ガブリエルは、これまでにも預言者ダニエルに現れ、雄羊と雄山羊の幻の意味を説明したり(ダニエル書8章15~26節)、神の民イスラエルと都エルサレムにこれから起こることを知らせている(同9章20~27節)。また、この後マリアにも懐妊を告知している。自分は「この喜ばしい知らせを伝えるために遣わされた」(19節)とガブリエルは言う。ガブリエルは主なる神が送られた者であり、ガブリエルがザカリアに語ったことは主なる神の言葉であった。そして、「あなたに話しかけて」という言葉には、他ならぬザカリアに向けて語っているのに何故信じないのかというニュアンスが含まれている。

(2) 主なる神の約束の証拠(20~23節)

 確かな証拠を求めたザカリアに対し、天使ガブリエルは、自分が伝えたことが起こる日まで、彼は「話すことができなくなる」(20節)と伝えた。「あなたは口が利けなくなり」と訳されているギリシア語の原文(ἔσῃ σιωπῶν [esē siōpōn])は、直訳すると「あなたは沈黙しているだろう」という意味である。ザカリアは、「身振りで示す」(22節)か、「字を書く」(63節)ことでしか意思疎通が出来なくなり、沈黙の中で主なる神の約束の成就を待ち望むしかなかった。
 ザカリアが祭司として香を焚いている間、民衆は神殿の外で待っていた(21節、10節)。彼らは、ザカリアが出てきて、祝福を宣言するのを待っていた(民数記6章24~26節)。しかし、彼がなかなか出て来ないので、何かあったのではないかと民衆は不思議に思った(21節)。それからザカリアは「やっと出て来たけれども、話すことができなかった」(22節)。「話すことができなかった」と訳されているギリシア語(ἐδύνατο λαλῆσαι [edynato lalēsai])は未完了時制で記されている。これはどんなに話そうとしても話すことが出来なかったことを表している。天使ガブリエルの言葉通りになったのである。それは、他の約束――エリサベトが男の子を産むこと、その子の誕生と共にザカリアが再び話せるようになること――も必ず実現することを示している。
 その後、ザカリアは話せない状態で祭司の務めを行った。祭司が夫々の組の当番になって神殿に仕える期間は1週間であった。ザカリアが務めを行い続けることが出来たのは、口が利けなくなった彼を見て、「人々は彼が聖所で幻を見た」ということを悟ったからだろう(22節)。また、ザカリアは「神の前に正しい人で、主の掟と定めをすべて守り、非のうちどころがなかった」(6節)信仰者として、人々に認められていた。「務めの期間が終わ」ると、彼は「自分の家に帰った」(23節)。
 一方、ザカリアの妻エリサベトは、天使ガブリエルの言葉通り、妊娠し、「五か月の間身を隠し」(24節)た。自分の妊娠について彼女は「主は今こそ、こうして、わたしに目を留め、人々の間からわたしの恥を取り去ってくださいました」(25節)と受けとめた。当時不妊であることは恥と見なされていた。しかし、主なる神は恵みによってエリサベトから不妊故の恥を取り去られた。