Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 テモテへの手紙二2章1節

聖書の黙想と適用 テモテへの手紙二2章1節(新共同訳 新約p.392)

 一昨日、教会の午後のミーティングが終わった後、TOHOシネマズ天神に『沈黙――サイレンス』を見に行った。感想を一言で言えば、私自身のこれまでのクリスチャンとしての歩みの数々を思い起こさせた作品であった。
 私がバプテスマを受けた教会は、自宅から自転車で5分、歩いても10分で行くことが出来た。それは、教会の伝道エリアが、私の住んでいた地域と丁度重なっていたことを意味した。そして、当時は小学校や中学校の頃の同級生がまだ多数地域に住んでいた。そのため、バプテスマを受けて、最初の2、3年は、教会以外では自分がクリスチャンであることを一切表に出さず、知られないように努めた。
 牧師から「年1回発行している教会の伝道機関紙にあなたの信仰の証しを載せてもいいですか」と訊かれた時には、自分がクリスチャンであることが地域の人達に知れ渡ってしまうと恐ろしくなって即座に断った。それどころか、牧師には自宅への訪問も郵便物も一切お断りした。
 また、当時の私にとって伝道チラシのポスティングはとても気の重いものであった。イースター礼拝の案内チラシのポスティングのために自分が住んでいた町内を回っていると、小学校時代の同級生の女の子と出会った。彼女は「何をしているの?」と尋ねてきた。ところが、その時、私は情けないことに「チラシ配りのアルバイトをしていて今この辺りを回っている」と虚偽の事実を伝えた。しかも、その子が「どんなチラシ配っているの?」と言って、見てきたので、それが教会のチラシであることがバレた。彼女の両親、祖父母は熱心な創価学会の信者で、「キリスト教なんか信じているんだ」と言われた。私はその場から逃げるように立ち去った。
 更に、教会の外では同じ教会の人と一切関わりを持たないよう努めた。教会の中では愛想良く振る舞ったが、平日町で見かけても気付かない振りをしたり、赤の他人を装った。年賀状や暑中見舞なども断った。
 ところが、交換講壇で伝道所から来られた南部バプテスト連盟の宣教師を見送るため、教会から駅まで一緒に歩いていると、駅前でやはり私の家の近所に住んでいた幼なじみの女の子と会ってしまった。しかも、その先生は彼女に、私がクリスチャンであることをはっきりと言われた。ところが、それに対し、私は、先生を目の前にして、「別にマインドコントロールとかされていないし、特別宗教にのめり込んでいるわけではないから。勧誘とかも一切しないから」と言ってしまった。彼女が去った後、先生は私に「今言われたことは本当に悲しかったです」と一言言われ、駅の構内に入っていかれた。
 家に帰った後、私は恥ずかしさと情けなさから激しい自己嫌悪に陥った。どうして私は人の目を気にしてしまうのか。イエス・キリストを主と信じていることを他の人にはっきりと言い表すことの出来る勇気と信仰を持てないのか。
『沈黙』の映画のラストで、転んだ後の司祭の人生について、長崎でキリスト教関連の舶来品が日本に入って来ないよう識別する仕事に従事し、社会的には全く仏教徒として生き、繰り返し踏絵を踏み、棄教の誓約をし、仏教徒として葬られ、戒名も付けられた、しかし実は心の中では信仰を捨ててはいなかったというような描かれ方をしていた。当時の私の《クリスチャン生活》は、限りなくそれに近いものであった。しかし、そのように人の目を気にする《クリスチャン生活》には、救われた喜びも心の平安もなかった。私はどうすれば強い信仰を持つことが出来るのだろうかと求めるようになった。