Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書1章67~80節

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書1章67~80節(新共同訳 新約p.102)

「父ザカリアは聖霊に満たされ、こう預言した」(67節)。

 ザカリアは、「民を訪れて解放」される主なる神(68節)、「聖なる契約を覚えて」民を「憐れ」まれる主なる神(72節)、私達が「生涯、主の御前に清く正しく」仕えるように導かれる主なる神(74節)を讃美する。恵みを受けた者だけが主なる神を讃美出来る。恵みは雨のように渇いた心を潤し、その霊を生かす。車にガソリンが必要なように、人には主なる神の恵みが必要である。私達の霊は主なる神の恵みによって生かされる。主なる神の恵みによって主なる神にもっと近づくことが出来、この世で生かされている理由もはっきりと知ることが出来る。主なる神の恵みを受けると、よく見えなかった道が見え始める。主なる神の恵みによってのみ、清くされ、正しく生きることが出来る。
 ザカリアは聖霊に満たされて、主なる神が与えて下さった恵みを讃美する。罪によって死ぬべき私達を救う贖いの恵みを、主なる神が独り子の命に代えて施して下さった。私達の努力や功績では成し得ない救いを、主なる神は憐れみと恵みによって成し遂げて下さった。ある筈のない道が開かれた。絶望の中に希望の光が差し込んだ。主なる神の恵みによらなければ命さえなかった私達は、主なる神の恵みによって今も生かされている。