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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書のメッセージ ヨハネによる福音書2章3節

香住ヶ丘バプテスト教会 子どもメッセージ 2014年1月5日
聖書箇所: ヨハネによる福音書2章3節(新共同訳 新約p.165)

 今日私達が読みました聖書の箇所には、イエス・キリストが水をぶどう酒に変えるという御業を行われたことが記されています。
 カナという町で結婚式があり、そこにイエス・キリストも招かれました。当時ユダヤでは、結婚式は1日だけで終わらず、1週間にわたって盛大にお祝いをしました。ところが、途中でぶどう酒が切れてしまいました。勿論、お客さんを招待した人はぶどう酒を沢山準備していたでしょう。にもかかわらず、ぶどう酒が切れてしまうという予期せぬことが起こりました。今のように近くのコンビニやスーパーに急いで買いに行くことも出来ません。このままでは場が白けて、折角の結婚式が台無しです。
 結婚式の途中でぶどう酒が切れてしまうようなことは、私達の人生においても起こります。今から19年前の1月、私が暮らしていた関西に大きな地震が襲いました。私の家の中は滅茶苦茶になり、電気もガスも電話も水道もトイレも使えなくなり、親しくしていた人も何人か亡くなりました。しかし、その前日まで私はいつもと同じように生活していました。それどころか、何日か前まではお正月を迎え、「十日えびす」というお祭りがあり、成人式があり、街はお祝いムードでした。ところが、地震という全く想像もしていなかったことが起こり、そのお祝いムードは瞬く間に吹き飛んでしまいました。それは私にとってまさにぶどう酒がなくなった経験でした。
 では、ぶどう酒がなくなってしまった時、人生の中で問題が生じた時、私達はどうしたらいいでしょうか。イエス・キリストの母マリアは、ぶどう酒がなくなったことをイエス・キリストに知らせました。すると、イエス・キリストは、水がめに水を一杯入れ、その水を汲んで持って行くように言われました。そして、イエス・キリストが言われた通りにすると、その水はぶどう酒に、それも質の良いぶどう酒に変わりました。こうして結婚式のお祝いを、最後まで喜びをもって続けることが出来ました。そして、弟子達はイエス・キリストを信じるようになりました。
 私達がイエス・キリストの言葉に従おうとする時、イエス・キリストは私達の人生において力ある業を行って下さいます。勿論、「わたしの時はまだ来ていません」とイエス・キリストが最初マリアに言われたように、主なる神のお考えは私達の願いや考えとは違うかも知れません。しかし、自分が望む通りにすぐに答えられないからと言って、イエス・キリストに対する信頼を簡単に捨ててはいけません。
 イエス・キリストは今も生きておられます。イエス・キリストが私達に最も善いことをして下さると信じ、新しい年もイエス・キリストの言葉に従う歩みをしていきましょう。

祈り
 愛する天の父よ、私達が人生の中で問題にぶつかった時、その解決の道はあなたの御子イエス・キリストにあります。私達をイエス・キリストの御前に進み出て、その言葉に従う者とさせて下さい。そして、この1年、私達の人生があなたの御業とご栄光が現れる場となりますように。イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。