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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ルカによる福音書4章1~15節

聖書研究 ルカによる福音書4章1~15節(新共同訳 新約p.107)

(1) 悪魔の誘惑(1~4節)

 ヨルダン川バプテスマを受けられた後、イエス・キリスト聖霊に満たされた。そして、聖霊に導かれて荒れ野に向かった(1節)。40日間の断食を終え、空腹を覚えられた時、イエス・キリストは悪魔の誘惑に遭われた(2節)。悪魔はいつも私達の弱い所を狙って近づいてくる。
 まず悪魔は「神の子なら、この石にパンになるように命じたらどうだ」(3節)とイエス・キリストを誘惑した。この誘惑は、イエス・キリストバプテスマを受けられた時、天の父から「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(3章22節)と認められたことを前提としている。悪魔は、イエス・キリストが神の子であることを知った上で、その神の子としての立場を用いて、空腹の苦しみを解決するようイエス・キリストを誘惑したのである。
 しかし、イエス・キリストは悪魔の巧妙な罠に騙されなかった。イエス・キリストは、「人はパンだけで生きるものではない」(申命記8章3節)という主なる神の言葉に堅く立って、誘惑に打ち勝たれた(4節)。イエス・キリストは神の子としての立場を自分のために用いることをなさらなかった。

(2) イエス・キリストの勝利(5~15節)

 次に、悪魔は、世界の全ての国々を一瞬のうちにイエス・キリストに見せ(5節)、「もしわたしを拝むなら」(7節)「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう」(6節)と言った。その際、悪魔は、それらは自分に「任されて」おり、自分が「これと思う人に与えることができる」と述べている(6節)。しかし、この悪魔の言葉は偽りである。悪魔にこの世の権力と繁栄を人間に与える権利はない。この世の主権者は、悪魔ではなく主なる神である。
 アダムとエバは、主なる神の言葉よりも蛇(悪魔)の言葉を優先して、主なる神が禁じられた善悪の知識の木の実を食べてしまい、悪魔の支配を受けるようになった(創世記3章1~6節)。しかし、イエス・キリストは、悪魔の誘惑を「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」(申命記6章13節)という主なる神の言葉を持って、決然と退けられた(8節)。
 更に、悪魔は、イエス・キリストを「エルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせ」、ここから飛び降りて神の子であることを証明するよう誘惑した(9節)。その際、悪魔は詩編91編11~12節を悪用して、イエス・キリストを試みている。しかし、イエス・キリストは、「あなたの神である主を試してはならない」(申命記6章16節)という主なる神の言葉をもって悪魔の誘惑を退けられた(12節)。
 悪魔は「時が来るまで」イエス・キリストから離れた(13節)。悪魔はイエス・キリストがゲツセマネで捕えられた時に再び抵抗する(22章53節)。しかし、荒れ野でイエス・キリストが悪魔の「あらゆる誘惑」に勝利されたことにより、アダムの堕落以来、初めて悪魔の支配が崩れた。イエス・キリスト聖霊の力に満ちてガリラヤに帰られた(14節)。そして、会堂で教え、皆から尊敬を受けた(15節)。イエス・キリストは、この地上において聖霊に満たされて宣教と御業を行われた。