Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書4章31~44節

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書4章31~44節(新共同訳 新約pp.108-109)

(1) 権威と力のあるイエス・キリストの言葉(31~37節)

 イエス・キリスト安息日にカファルナウムの会堂で教えられた(31節)。その時、人々はイエス・キリストの言葉に権威があることに非常に驚いた(32節)。その権威は、イエス・キリストが主なる神の御子であるが故に持っている権威であった。この時、会堂に「汚れた悪霊に取りつかれた男」がいた(33節)。悪霊に憑かれた男は「ああ、ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ」(34節)と大声で喚いた。悪霊はイエス・キリストが誰であるかを正しく見抜いていた。
 しかし、悪霊に憑かれた男の告白がどんな正しくても、イエス・キリストは悪霊の業を良しとされることはない。イエス・キリストは悪魔とその勢力を滅ぼしに来られた。それ故、イエス・キリストは悪霊に「黙れ。この人から出て行け」と権威をもって叱責された。すると、悪霊はその人から出て行った(35節)。イエス・キリストの権威と力に悪霊も屈服せざるを得なかった(8章29節)。この出来事を見た人々は、言葉一つで悪霊をも追い出すイエス・キリストの権威と力に驚いた(36節)。その結果、イエス・キリストの噂は辺り一帯に急速に広まっていった(37節)。

(2) 多くの病人を癒す(38~44節)

 病人に接する姿からイエス・キリストの愛と慈しみを知ることが出来る。シモン・ペテロのしゅうとめが熱病で苦しんでいた(38節)。それに対し、イエス・キリストは「枕もとに立って熱を𠮟りつけられ」た(39節)。「枕もとに立って」と訳されているギリシア語の原文(ἐπιστὰς ἐπάνω αὐτῆς [epistas epanō autēs])は、直訳すると「彼女の上に立って」である。福音書記者ルカはこのことによって熱病に対するイエス・キリストの権威を示している。また、ここでは「叱りつける」(ἐπιτιμάω [epitimaó])、「去る」(ἀφίημι [aphiémi])という表現を用いることによって、熱が擬人化されている。イエス・キリストが悪霊を叱りつけると悪霊が出て行ったように、熱を叱りつけると熱が出て行った。そして、彼女はすぐに起き上がった(39節)。
「日が暮れると」、人々が「いろいろな病気で苦しむ者」を連れて、イエス・キリストのもとにやって来た(40節)。彼らは、イエス・キリストが会堂で悪霊を追い出されるのを実際に見たり、その噂を聞いたのだろう。イエス・キリストは病人の一人一人に手を置いて癒された(40節)。また、その時、多くの病人から悪霊が出て行ったことは、彼らの病気の背後に悪霊がいたことを示唆している。イエス・キリストの救いは、人々をこのような悪魔の束縛と虐げから救い出すものでもあった。
 翌朝、群衆は、イエス・キリストに自分達とずっと一緒にいてくれるよう頼み、引き止めようとした(42節)。しかし、イエス・キリストは「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ」(43節)と返答し、ユダヤの諸会堂に行って宣教された(44節)。ここでは「福音を告げ知らせる」(εὐαγγελίζω [euaggelizó])こと、「遣わす」(ἀποστέλλω [apostelló])こと、「宣教する」(κηρύσσω [kérussó])ことが同じ意味で用いられている。