Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書4章31~44節

聖書の黙想と適用 ルカによる福音書4章31~44節(新共同訳 新約pp.108-109)

(1) 神の国をこの地に実現するイエス・キリスト

 イエス・キリストは、故郷のナザレを去ってカファルナウムを訪れ、安息日に会堂で教えられた(31節)。イエス・キリストの言葉には権威と力があった(32節、36節)。悪霊達はイエス・キリストの言葉を聞くと、抵抗する間もなく追い出された(35節)。そして、人々に解放と自由をもたらされた。
 私達はイエス・キリストを主と信じることで、神の国(支配)へと入れられる。神の国の本質は、その王であり、主であられるイエス・キリストの統治を受け、その教えに従うことである。その時、私達は真の平和と安息を得ることが出来る。悪魔とその勢力は、神の国を妨害しようとするが、イエス・キリストの国に入るなら、主なる神がその御手をもって守って下さる(ヨハネの手紙一5章18節)。

(2) 神の国の福音をこの地に告げ知らせるイエス・キリスト

 イエス・キリストが病を癒したり、悪霊を追い出すのを目の当たりにしたカファルナウムの人々は、イエス・キリストを自分の町に引き止めようとした(42節)。しかし、イエス・キリストは、諸会堂を巡って、神の国の福音を宣べ伝えられた(44節)。何故なら、イエス・キリストはそのために遣わされたからである(43節)。
 福音を聞き、神の国の祝福に与った者は、イエス・キリストと同じ思いを持って、福音を隣人に伝えなければならない。イエス・キリストは、神の国の福音を全ての民族に、地の果てまで伝えるよう命じられた(マタイによる福音書28章19節、使徒言行録1章8節)。全ての人は罪と死の支配の下にあり、恐れと苦しみの中で生きているからである。神の国の福音は、特定の人々だけに与えられた秘密の知らせではない。全ての人が聞くべき良い知らせである。