Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ルカによる福音書11章29~36節

聖書研究 ルカによる福音書11章29~36節(新共同訳 新約p.129)

(1) 人々は徴を欲しがる(29~32節)

 私達は「神の言葉を聞き、それを守る」(28節)ことを通して正しい信仰に導かれる。信仰のある人は徴を求める必要がない。だが、群衆は、「口を利けなくする悪霊」が出て行く奇蹟を見ても(14節)、「天からのしるしを求め」(16節)た。これはイエス・キリストに対する全面的な不信に他ならなかった。
 イエス・キリストは、更に大きな徴を求める人々に対し、「今の時代の者たちはよこしまだ」(29節)と叱責し、「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」(29節)と言われた。ヨナは3日間魚の腹の中にいたが、生きて出て来て、ニネベの滅亡と悔い改めを叫んだ。イエス・キリストも十字架で犠牲の生贄として死なれ、3日目に甦られた(30節)。もしこの救いの福音を聞いても信じないならば、「ソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来た」南の国の女王や、「ヨナの説教を聞いて悔い改めた」ニネベの人々が、「罪に定めるであろう」(31~32節)。

(2) 体のともし火は目(33~36節)

 見た目はそれらしくても、主なる神の言葉を受け入れない人は、変化と成熟に到ることが出来ない。主なる神の言葉は堕落した私達を照らす光である。目で光を受け入れると全身が明るくなるように(34節、36節)、主なる神の言葉を受け入れる時、古い私達の偽りと貪欲を屈服させることが出来る。そのようにして、サタンの誘惑に打ち勝ち、心の中を守り、きよい生き方をすることが出来る。
 主なる神の言葉は暗い世を照らす光である。主なる神の言葉によって闇は退き、神の国が臨む。この世は見た目で判断するので、自己宣伝や包装が巧い人が有名になったり、成功したりする。しかし、最終的には主なる神の恵みを体験し、主なる神の言葉通りに行う人が、光となって影響力を発揮し、時が来れば頭角を現し、歴史を主導する。

【祈り】
 天の父よ、あなたの御名を心から讃美致します。あなたの御言葉を与えて下さり有り難うございます。
 主よ、あなたの御子イエス・キリストは、誰からも理解されることなく、十字架の道を歩まれました。イエス・キリストのもとにやって来た群衆は、自分が癒されることだけを求めました。私達も同じです。自分のことしか考えず、目に見える徴ばかりを求めて生きてきました。あなたの御心を知らず、知ろうともしない私達をどうかお赦し下さい。
 主よ、イエス・キリストはそのような私達を救うために、十字架でご自分の命をもって私達の罪を贖って下さいました。そのことによって私達はあなたの愛と慈しみの徴を見ることが出来ました。私達はあなたの御前にひれ伏します。イエス・キリストの十字架にしか私達を救う力はありません。十字架につけられたイエス・キリストを仰ぎ見ることが出来ますよう、復活されたイエス・キリストを見ることが出来ますよう、私達に澄んだ霊の目をお与え下さい。私達の目をあなたに向けさせて下さいますようお願い致します。
 主よ、あなたは私達の全てをご存知であり、私達に必要なものを備えて下さいます。そのことを心から感謝致します。あなたからの恵みを全身全霊で受け、喜びと感謝に満ち溢れ、この地上を歩んでいくことが出来ますように。そして、あなたの御心をこの地上で行うことが出来ますよう、私達の内側を聖霊で満たして下さい。
 今弱っている人、病んでいる人のことを祈りに覚えます。あなたがその一人一人を憐れんで下さいますようお願い致します。また、あなたがこれほどまでに私達を愛して下さったのですから、私達も自分の持っているもの、自分に出来ることをもって、その方々を助けることが出来ますように。私達に愛と力を注いで下さい。
 主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。