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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 マタイによる福音書28章1~10節

聖書の黙想と適用 マタイによる福音書28章1~10節(新共同訳 新約pp.59-60)

(1) 墓を見に来た女性達と空の墓(1~4節)

 イエス・キリストの復活の知らせを最初に聞いたのは女性達であった。「週の初めの日の明け方」、「マグダラのマリアともう一人のマリア」がイエス・キリストの墓にやって来た(1節)。彼女達は、安息日を守り、それが終わってから、用意しておいた香料を持って行って、イエス・キリストの埋葬を完了しようとした。
 ところが、彼女達が墓に来ると、全く予想外の出来事に直面した。墓の入口にあった大きな石は、入口の脇にあった。そして、そこに天使がいた(2節)。番兵達は、大きな地震が起こり(2節)、恐ろしさの余り、死人のようになった(4節)。
 番兵が墓を守っていたのは、弟子達がイエス・キリストの遺体を盗み出せようとするためであった(27章64節)。しかし、彼らはイエス・キリストの復活を防ぐことは出来なかった。人間には主なる神がなさろうとする御業を妨げることは出来ない。

(2) 復活されたイエス・キリストとの出会い(5~10節)

 主の天使は女性達に「あの方はここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ」(6節)と告げた。「復活なさった」と訳されているギリシア語(ἠγέρθη [ēgerthē])は神的受動態で、イエス・キリストが自ら「甦った」のではなく、天の父が「甦らせた」ことを表している。
 その上で、天使はイエス・キリストが復活されたことを確認させようと、女性達に「さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい」(6節)と言った。更に、弟子達の所に行って、「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」(7節)と伝えるよう命じられた。
 復活はイエス・キリストが十字架につけられる前に弟子達に告げられた通りに起こったが、その最初の証人となる使命は女性達に与えられた。当時のユダヤ社会においては女性は法的証人になれなかった点を考慮すると、この事実は破格のものである。このことは、神の国ではユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もなく、皆がイエス・キリストにおいて一つであると使徒パウロが記していることとも一致している(ガラテヤの信徒への手紙3章28節)。
 天使の命令を受けて、女性達は、恐れながらも喜び、弟子達にこの喜びの知らせを伝えるために走って行った(8節)。その途中で彼女達は復活のイエス・キリストに実際に出会った。イエス・キリストが「おはよう」と言うと、彼女達は「イエスの足を抱」いた(9節)。このことは、復活のイエス・キリストが幻や錯覚ではなく、体を持っておられたということを示している。また、「おはよう」と訳されているギリシア語(Χαίρετε [Chairete])は、「楽しむ」「喜ぶ」「歓呼する」「歓迎する」という意味の動詞(χαίρω [chairó])の2人称複数形である。復活されたイエス・キリストは、弟子達のもとに向かう女性達に、自分は復活したのだから、「喜びなさい」(楽しみなさい、歓迎しなさい)と言われた。そして、天使が語ったことと同じことを女性達に命じた(10節)。