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Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ルツ記4章1~12節

聖書の黙想と適用 ルツ記4章1~12節(新共同訳 旧約pp.426-427)

(1) 土地の買い戻しの権利をめぐる交渉(1~6節)

 ボアズは「土地を買い戻す」(レビ記25章24節)ことに関して自分よりも優先権のある「当の親戚の人」と早速出会った(1節)。ナオミが亡夫エリメレクの所有していた土地を手放すことなく、ルツと共に「幸せになる落ち着き先」(3章1節)を見出すことが出来るかが決定される時を迎えた。
 その人は、エリメレクの土地の買い戻しの権利とその行使についてボアズから提示されると(3~4節)、最初は気軽に「それではわたしがその責任を果たしましょう」(4節)と言った。しかし、「あなたがナオミの手から畑地を買い取るときには、亡くなった息子の妻であるモアブの婦人ルツも引き取らなければなりません。故人の名をその嗣業の土地に再興するためです」(5節)というボアズの言葉を聞くと、彼は一転して「そこまで責任を負うことは、わたしにはできかねます」と答えた。自分の「嗣業を損なうこと」を恐れたからである(6節)。
 その親戚の人は最初エリメレクの相続地を買い戻すことによって自分に利益があるかも知れないと期待した。この時、彼はエリメレクの遺族、特にルツのことについては深く考えていなかった。しかし、ボアズの説明を聞き、この話は自分にとって損になると彼は判断した。
 買い戻しの責任の履行は、敢えて損を引き受けることを要求する。ボアズは既に十分に豊かな人であった。その彼が自ら損をする道を選んだのは、恵みの心で満たされていたからである。エリメレクの家が断絶することに対する憂い、また遺されたナオミやルツを思う心があったからこそ、ボアズはエリメレクの土地を買い戻すことを決断した。
 恵みは与えるものである。損得を計算することは恵みではない。私達は損得ばかり計算してはいないだろうか。自分の利得を第一に考える自己中心的な計算を止め、神の国と神の義を第一に求める時、私達は主なる神の慈しみを経験することが出来る。主なる神に信頼し、隣人に恵みをもたらす者を、主なる神は尊いものをもって応えて下さる。
 主なる神の恵みはそれを人に与えることによって更に大きくなる。与えれば与えるほど大きくなる。イエス・キリストは「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである」(ルカによる福音書6章38節)と言われた。自分だけを高めようとする傲慢で利己的な時代にあっても、神の民は、主なる神の恵みを受けた者として、隣人に恵みを注いで生きていこう。

(2) ボアズによる土地の買い戻し(7~12節)

 当時イスラエルでは「親族としての責任の履行や譲渡」の際には、「自分の履き物を脱いで相手に渡すこと」によって一切の手続きの認証がなされた(7節)。「その親戚の人」は履物を脱ぐことによってボアズに自分の権利を譲ることを表明した(8節)。その結果、ボアズは、買い戻しの権利を得、「エリメレクとキルヨンとマフロンの遺産をことごとくナオミの手から買い取った」(9節)。また、「故人の名をその嗣業の土地に再興するため、また故人の名が一族や郷里の門から絶えてしまわないため」にルツを引き取り、自分の妻として迎え入れた(10節)。こうしてボアズは自分がルツにした約束を誠実に果たした。
 この時、ボアズは町の10人の長老に証人になってもらっていた(2節、9節)。「門のところにいたすべての民と長老たち」は、ボアズがエリメレクの土地を買い戻すこと、ルツと結婚することを支持した(11節)。また、主なる神がルツを「ラケルとレア」のように(11節)、「タマル」のようにして下さるよう、祝福の祈りを献げた(12節)。ラケルとレアは、ヤコブ(イスラエル)の妻となり、「主がイスラエルの家を建てた」女性である。タマルは舅ユダ(ユダ族の祖)を通してペレツという男の子を産んだ女性である(創世記38章)。イスラエルの民にとって子供が与えられること、その子供によって家系が代々引き継がれていくことは祝福であった。ボアズとルツはこの後その祝福に与る。
「士師が世を治めていたころ」(1章1節)のイスラエルの人々は、主なる神から離れて偶像を礼拝し、「それぞれ自分の目に正しいとすることを行っていた」(士師記21章25節)。主なる神から力を与えられた士師がイスラエルを危機から救ったが、彼らでさえ堕落することがあった。そのような時代にあって、ナオミとルツ、そしてボアズに起きた出来事は、主なる神の愛と恵みを証ししている。主なる神の愛と恵みを受け、「その御翼のもと」(2章12節)で互いに愛し合い、希望を持って共に主なる神に従って歩んでいこう。主なる神は、恵みを与える者だけでなく、その家族、そして子孫をも祝福される。