Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記1章47~54節

聖書の黙想と適用 民数記1章47~54節(新共同訳 旧約p.212)

(1) レビ人の任務(47~50節)

 人口調査においてレビ族は兵役から除外された(47節)。命の危険が伴う戦いからの免除は特権のように見える。しかし、これは「掟の幕屋、その祭具および他の付属品にかかわる任務」(50節)を遂行するための聖別であった。主なる神はご自分に仕えることを日常的に行わせるためにレビ族を聖別された(49節)。
 レビ族は、契約の箱が保管された「幕屋とすべての祭具の運搬と管理」という務めを忠実に担わなければならなかった。また、「幕屋の周囲に宿営」し、主なる神の栄光のために働かなければならなかった(50節)。主なる神が委ねられた働きを、畏れをもって忠実に担う時、私達はその報いを受けることが出来る。

(2) イスラエル共同体に対するレビ人の責任(51~54節)

 レビ人の任務は、戦争に動員されることに比べてとても楽に見える。しかし、実際はそうではなかった。イスラエルの人々が「移動する際には、レビ人が幕屋を畳み、宿営する際にはレビ人がそれを組み立て」(51節)た。また「掟の幕屋の周囲に宿営し」、「掟の幕屋の警護の任に当たらねばならな」かった(53節)。戦争はいつもあるわけではないが、レビ人の任務には休みがなかった。
 また、レビ人「以外の者が幕屋に近づくならば、死刑に処せられ」(51節)たため、主なる神の「怒りがイスラエルの人々の共同体に臨まないよう」(53節)、いつも細心の注意を払って任務を行う責任があった。私達に任された任務も、自分だけでなく共同体全体に大きな影響を及ぼす。