Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記7章84~89節

聖書の黙想と適用 民数記7章84~89節(新共同訳 旧約pp.225-226)

(1) イスラエルの民全体の献げ物(84~88節)

 イスラエルの指導者は「祭壇奉献のために」献げ物をささげた(84節)。主なる神にささげられた献げ物に無意味なものはない。
 各部族の指導者は「百三十シェケル」の「銀の皿一枚」、「七十シェケル」の「銀の鉢一個」(85節)、「十シェケル」の「金の柄杓」を夫々献げた(86節)。彼らが献げた「銀の皿十二枚、銀の鉢十二個、金の柄杓十二」(84節)は幕屋における奉仕に用いられた。主なる神は私達が自ら進んでささげた献げ物をご自身の栄光のために用いて下さる。
 一方、彼らが献げた「銀器の総量は聖所のシェケルで二千四百シェケル」(85節)、「金の柄杓の総量は百二十シェケル」(86節)に及んだ。これは莫大な量であり、容易に献げられるものではない。それらを彼らに与えたのは主なる神である。主なる神はご自身の民に目を留め、ご自身の民を守り、養い、更に大きな恵みへと導かれる。
 また、イスラエルの指導者は、臨在の幕屋の祭壇の上に連日動物の生贄を献げた。
「焼き尽くす献げ物」(87節)は、動物を完全に焼き尽くし、全体を主なる神に献げるものであった。これは主なる神に対するイスラエルの民の献身を意味した。
「贖罪の献げ物」(87節)は、イスラエルの民が自分の犯した罪の代価の大きさを忘れないための生贄であった。自分の代わりに動物が生贄として死ぬのを見ながら、イスラエルの民は、罪の代価は必ず支払われなければならないこと、罪は命をもってしか贖えないことを確認した。そして、主なる神に従う人生を送ることを改めて決心した。
「和解の献げ物」(88節)は、主なる神とイスラエルの民の和解を体験させる生贄であった。イスラエルの指導者がささげた和解の献げ物の総数は「雄牛二十四頭、雄羊六十匹、雄山羊六十匹、一歳の雄小羊六十匹」(88節)で、決して少ないものではない。また、イスラエルの民は、主なる神に献げた生贄を分け合って共に食べ、自分達が信仰共同体として一つであることを確認した。
 このように献げ物には一つ一つ意味があった。そして、献げられたものの総量・総数が記されていることは、イスラエルの指導者が心を一つにし、同じ思いをもって献げたこと、イスラエルが主なる神にあって一つであることを示している。各自の力は小さくても、主なる神にあって一つになるなら、そこに主なる神が臨んで力を現される。
 主なる神は献げ物をささげる者の心を見ておられる。イエス・キリストは、「ある貧しいやもめがレプトン銅貨二枚を入れる」のを御覧になって、「この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた」と言われた(ルカによる福音書21章2~3節)。私達が生活の中でどれほどの犠牲を主なる神のために払い、主なる神に信頼しているかを、主なる神は御覧になっている。私達が心を合わせてささげた献げ物を、主なる神はその御業において用いて下さる(コリントの信徒への手紙二8章1~6節)。心を一つにして主なる神にお仕えしよう。

(2) 主なる神の御声を聴くモーセ(89節)

 臨在の幕屋において祭壇が奉献され、主なる神は献げ物を受けられた。モーセが「神と語るために臨在の幕屋に入」ると、「掟の箱の上の贖いの座を覆う一対のケルビムの間から」主なる神の御声を聴いた(89節)。主なる神はご自分の民のためにイスラエルの中心にある臨在の幕屋に住まわれた。そして、言葉によってご自分の臨在を現された。これは主なる神の言葉が「肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネによる福音書1章14節)イエス・キリストの受肉の出来事を予表している。
 主なる神の言葉を聴き、主なる神の愛と御心を知る時、私達の内で自分を中心に生きることから主なる神を中心に生きることへの転換が起こる。主なる神の言葉を聴かなければ、私達は主なる神が為そうとしておられることを知ることは出来ない。礼拝においては主なる神の御声を聴こうとする心と態度が必要である。祈りも同様である。自分が願っていることを主なる神に訴えるだけが祈りではない。祈りは、主なる神が願っておられることに耳を傾け、自分の考えや思いを主なる神に服従させることでもある。
 モーセは「神と語るために」臨在の幕屋に入り、そこで主なる神の語りかけを聴いた。主なる神は今日も私達に語りかけておられる。私達はモーセのようにそれを聴く必要がある。少年サムエルのように、「主よ、お話しください。僕は聞いております」(サムエル記上3章9節)という告白と共に、主なる神の御声に心と耳を傾けよう。