Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記10章11~28節

聖書の黙想と適用 民数記10章11~28節(新共同訳 旧約pp.229-230)

(1) シナイ出発(11~16節)

 雲が「掟の幕屋を離れて昇」(11節)ると、イスラエルの人々は「シナイの荒れ野」を出発した(12節)。「雲はパランの荒れ野にとどまった」(12節)が、彼らはこの雲を見て、主なる神の臨在を確信した。私達が人生の旅路を歩む時に必要なのも、主なる神の臨在の約束である。これはイエス・キリストを信じる全ての人に与えられる主なる神の賜物である(マタイによる福音書28章18~20節)。
モーセを通してなされた主の命令」(13節)に基づき、ユダ族が最初に出発した(14節)。ユダ族は、ヤコブの遺言に基づき、イスラエルで長子の役割を果たすことになった。敵の襲来などの危険を前にして先頭に立つことは信仰を必要とする。時には犠牲も伴う。主なる神はそのようなユダ族を祝福され、ダビデイエス・キリストの血統とされた。

(2) 各部族の出発(17~28節)

 ユダ族の後ろにレビ族の中のゲルションの氏族とメラリの氏族が続き、幕屋を運搬した(17節)。それから、ルベン族(18節)、シメオン族(19節)、ガド族の後を(20節)、レビ族の中のケハトの氏族が続き、「聖なる祭具を運搬」した(21節)。ケハトの氏族は重い木材と金属からなる祭具類を肩に担ぐ任務を負った。全陣営の最後尾はダン族であった(25節)。ユダ族と共に最も多くの兵士を有していたダン族は、敵の攻撃に備えて後方の警戒を担った。
 イスラエルの12部族は定められた順序に従って出発した。彼らは、互いに優劣をつけて誇ったり、卑下したりせず、共同体の中で秩序を守り、自分に与えられた役割を果たした。主なる神は私達一人一人に共同体に仕える賜物を与えて下さった。私達一人一人の奉仕と献身が共同体を美しく建て上げる要素になる。