Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記13章1~24節

聖書の黙想と適用 民数記13章1~24節(新共同訳 旧約pp.233-234)

(1) 偵察隊派遣の命令(1~16節)

 カナンは主なる神がイスラエルに与えると約束された地であった。主なる神はモーセに「人を遣わして、わたしがイスラエルの人々に与えようとしているカナンの土地を偵察させなさい」(2節)と命じられた。モーセは、「主の命令に従」(3節)って、「父祖以来の部族ごとに一人ずつ」(2節)、「人々の長である人々」(3節)を派遣した。その中の一人に、後にモーセの後継者としてイスラエルの民を導く「ヌンの子ホシェア」(7節)、即ちヨシュアもいた(16節)。
 主なる神は、イスラエルの民がカナンの地に入る前に、主なる神の約束に対する確信と希望を抱くことを願われた。主なる神は、イエス・キリストを通して、私達にも神の国に対するビジョンを見せて下さった。また、神の国が地に満ち拡がっていくために、私達に聖霊を送って下さる(使徒言行録1章8節)。聖霊は私達の目を開き、明確なビジョンを見させて下さる。そして、私達を主なる神の御心を行う者として下さる。

(2) カナン偵察(17~24節)

 モーセは、偵察隊を遣わすにあたり(17節)、カナンの土地とその住民の状況を把握するよう命じた(18節)。また、先住民との戦いに備えて、「彼らの住む町がどんな様子か、天幕を張っているのか城壁があるのか」(19節)調べる任務を与えた。そして、土地が「肥えているかやせているか、木が茂っているか否か」を知るために「その土地の果物を取って来」るよう指示した(20節)。モーセは、彼らが主なる神の約束を確信し、信仰と希望を胸に抱いて戻って来ることを願った。
 カナンには「アナク人の子孫であるアヒマンとシェシャイとタルマイ」(22節)という「巨人」(32節)のように体の大きな民族が住んでいた。しかし、そこは「一房のぶどうの付いた枝を切り取り、棒に下げ、二人で担」(23節)がなければならないほど、果実が豊かに育つ肥沃な地でもあった。主なる神が言われた通り、カナンはまさしく「広々としたすばらしい土地、乳と蜜の流れる土地」(出エジプト記3章8節)であった。
 また、偵察隊が訪れた「ヘブロン」(22節)は、イスラエルの祖アブラハムが主なる神のために祭壇を築き(創世記13章18節)、妻サラと共に葬られた地でもある(同23章19~20節)。アブラハムについて聖書は「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発した」(ヘブライ人への手紙11章8節)と記している。
 イエス・キリストは山上の説教の中で「柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ」(マタイによる福音書5章5節)と宣言された。キリスト者は、このイエス・キリストの約束を信じ、アブラハムのように従順の道を歩むべき者である。今荒れ野の中を歩んでいるとしても、キリスト者は、イエス・キリストが約束された神の国を仰ぎ見つつ(ヨハネによる福音書14章1~6節)、この地で与えられた任務を忠実に果たしていかなければならない。