Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記21章21~35節

聖書の黙想と適用 民数記21章21~35節(新共同訳 旧約p.250)

(1) アモリ人の王シホンに対する勝利(21~32節)

 イスラエルの人々は、エドム、モアブを経て、アモリ人の国境までやって来た。そして、アモリ人の王シホンに使者を遣わし、「あなたの領内を通過させてください。道をそれて畑やぶどう畑に入ったり、井戸の水を飲んだりしません。あなたの国境を越えるまで『王の道』を通ります」(22節)と要請した。
 それに対し、シホンは、イスラエルが侵略を企んでいるのではないかと警戒し、「自分の領内を通過することを許さ」なかった。そればかりか「全軍を召集し、イスラエルを迎え撃」(23節)とうとした。シホンは「先代のモアブ王と戦って、その手からアルノン川に至るまでの全土を奪い取」(26節)り、都としてヘシュボンを築くなど、この地で強い勢力を持っていた(27~30節)。
 しかし、主なる神は、イスラエルと共におられ、アモリ人との戦いにおいて彼らに勝利を与えられた。その結果、イスラエルは、シホンを「剣にかけて、南はアルノン川から北はヤボク川、東はアンモン人の国境まで、その領土を占領し」(25節)、「ヘシュボンとその周辺の村落など、アモリ人のすべての町」(25節)を征服することが出来た。こうして主なる神はアブラハムに与えた約束を確かに果たされた(創世記15章16節、21節)。
 目の前の現実が大きく違っているように見えても、主なる神は約束されたことを必ず果たされる。主なる神の約束を信じ、主なる神の力と知恵に依り頼み、一歩ずつ進んでいく時、私達は勝利の実を味わうことが出来る。どれほど強大な敵であろうとも、主なる神が共におられる人間を倒すことは出来ない。

(2) バシャンの王オグに対する勝利(33~35節)

 アモリ人の王シホンに勝利したイスラエルに対し、バシャンの王オグが「これを迎え撃つために、全軍を率いて」(33節)出てきた。シホンがアルノン川とヤボク川の間を治めていたのに対し、オグはヤボク川からガリラヤ湖の東北地域までを支配していた。オグが治める町々は、高地に位置し、「すべてが高い城壁で囲まれ、かんぬきで門を固めた要害の町」(申命記3章5節)で、征服するのがとても困難であった。その上、オグは「長さ九アンマ、幅四アンマ」(同11節)――身長約4メートル、幅約2メートル――の巨人であった。
 しかし、主なる神はモーセに「彼を恐れてはならない。わたしは彼とその全軍、その国をあなたの手に渡した。あなたは、ヘシュボンの住民アモリ人の王シホンにしたように、彼にもせよ」(34節)という言葉を与え、勝利を約束された。
 主なる神が共におられたので、イスラエルは恐れることなく大胆に進んだ。その結果、イスラエル勝利し、オグと「その子らを含む全軍を一人残らず撃ち殺し、その国を占領」(35節)することが出来た。こうして、ヨルダン川の東側がイスラエルの領土となった。
 私達が困難な問題に囲まれている時、主なる神は私達に「恐れてはならない」と言われる。そして、素晴らしい、驚くべき御業をもってご自分の真実さを証明される。神の国勝利は、力の原理ではなく信仰の原理によって与えられる。勝利はいつも主なる神にある。主なる神の言葉は勇気と力を与える。主なる神の側に立ち、主なる神の言葉を握り続けることが勝利の秘訣である。