Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記28章16~31節

聖書の黙想と適用 民数記28章16~31節(新共同訳 旧約pp.263-264)

「第一の月の十四日は、主の過越である」(16節)。

 主なる神はイスラエルの民をエジプトから助けられた時、10の災いでエジプトを打たれた。その最後である初子を打つ災いから、主なる神はイスラエルの民を守られた。その時災いを避けるために、小羊の血を「家の入り口の二本の柱と鴨居に塗る」よう命じられた(出エジプト記12章7節)。主の使いはその言葉に従った家を通り過ぎて行った。そのことを記念し、主なる神の恵みによってエジプトから出たことを覚えるために過越祭が定められ、それを守るよう命じられた(16節)。主なる神が命じられた過越祭は、イスラエルの最初の年の始まりに行われ、イスラエルアイデンティティを確認させた。イスラエルは小羊の血によって主なる神の救いを受けた。
 これはイエス・キリストの血潮によって人間が救いを得ることを予表する。救いは命を得ることである。私達は罪によって死ぬしかない存在である。しかし、神の小羊であるイエス・キリストの血によって私達は生かされた。だから、イエス・キリストの血潮の恵みを感謝しながら生きていこう。