Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 民数記29章1~11節

聖書の黙想と適用 民数記29章1~11節(新共同訳 旧約pp.264-265)

「第七の月の一日には聖なる集会を開く。いかなる仕事もしてはならない。角笛を吹き鳴らす日である」(1節)。

 主なる神はイスラエルの民に対し、「第七の月の一日」に「聖なる集会」を守るように命じられた(1節)。ユダヤ暦の「第七の月」は、イスラエルが収穫を終えた時期である。田畑で忙しく働いていた民に、主なる神は「いかなる仕事もしてはならない」と言われ、作業を一時中断して御前に進み出るように命じられた。それによって主なる神との交わりを回復させるためである。
 その意味で、この「角笛を吹き鳴らす日」は、現代に生きるキリスト者に対しても大きな意味を持っている。日々の生活に追われていると、心が主なる神から離れて霊的に病んでも、なかなかそれに気付くことが出来ない。そして、忙しさを理由に、主なる神の御前に進み出るのを後回しにしてしまうことがある。そうするうちに主なる神から遠ざかり、霊的に渇いてしまう。それに気付いても、後で余裕が出来た時に行けばいいと考える。信仰が病んでいるなら、それをそのまま引きずってはならない。
 主なる神は、ご自分の民が病み、倒れてしまうことを望まれない。主なる神がイスラエルの民に「角笛を吹き鳴らす日」を定められた理由をよく受けとめ、主なる神の御前に進み出よう。仕事の手を一時止め、霊的な点検の時間をしっかりと持とう。霊的な健やかさは、主なる神の恵みに目を開かせる。