Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 民数記30章2~17節

聖書研究 民数記30章2~17節(新共同訳 旧約pp.266-267)

【概要】
 人は、主なる神に誓願をし、或いは物断ちを誓うなら、破ってはならない。女性の場合、父、或いは夫が、彼女の誓願を有効にも無効にもすることが出来た。父や夫が誓願を聞いて何も言わなければ、彼女の誓願は有効となる。もし夫が誓願を破棄してしまうなら、夫が妻の罪を負うことになる。

【歴史的背景】
旧約時代の女性の地位
①夫の財産: 旧約時代の女性は夫をバアル(主人の意味)やアドン(主の意味)と呼んだが、それは奴隷が主人を呼ぶ時や、家臣が王を呼ぶ時の呼称でもある。十戒には妻が財産と並べられている。
②財産と相続: 女性には私有財産がなく、夫の財産を相続する権利もなかった。しかし、夫が子孫を残さなかった場合には例外とされた。エジプトやバビロンでは女性が家長になることもあり、財産を所有し、契約を結ぶことも出来た。
③誓願: 女性の誓願は保護者、即ち父や夫の許可がある場合にのみ効力を持った。未婚者は父に、結婚後には夫に全面的に依存して生活したためである。
④宗教的義務: 律法は男性にも女性にも適用された。
⑤教育: 古代近東では女子に字を教えなかった。男子とは異なり、女子にはトーラーを学ぶ義務がなかったからである。
⑥結婚と離婚: 女性は夫に純潔を証明する義務があった。夫には妻と離婚出来る権利があった。純潔が疑われたり、家庭の義務を疎かにする女性は離婚された。離婚状は離婚された女性が再婚出来るようにした。
⑦母の位置: 女性が母になると、もう少し良い待遇を受けた。母は子供の名前を付けることが出来たが、これは身分が上がったことを意味した。子供を産むことによって夫との関係が密になり、子供達に尊敬された。

【釈義】
1~2節 誓願に関する一般的な原則
 30章は誓願に関する問題を扱っている。危機の中で人は「もし神が私を~から救って下さるなら、~することを約束します」といった誓願をしたりする。聖書には、ベテルにおけるヤコブの誓願(創世記28章20~22節)、カナン人を渡して下さるなら町々を聖絶するというイスラエルの誓願(21章2節)、戦いで勝利を与えて下さるなら、自分を最初に迎えに出てくる者を焼き尽くす献げ物としてささげるというエフタの誓願(士師記11章30~31節)、男の子を授けて下さるなら、主にささげるというハンナの誓願(サムエル記上1章11節)などの記事が見られる(ヨナ書1章16節、2章10節、使徒言行録18章18節、21章23節、23章12~21節)。しかし、その危機が過ぎると、その誓願を果たさないようになる危険と誘惑にしばしば陥ってしまう。それに対し、聖書は、誓願を果たすよう、「神に願をかけたら/誓いを果たすのを遅らせてはならない。愚か者は神に喜ばれない。願をかけたら、誓いを果たせ」(コヘレトの言葉5章3節、申命記23章22~24節)と厳しく警告している。
 本文では、まず誓願に関する一般的な原則を述べ(2~3節)、その後に女性の誓願に関する諸問題を扱っている(4~16節)。そして、その原則に沿って、女性が誓願を実行或いは取り消しても罰を受けない状況を4つ設定している。第一に結婚していない女性の誓願(4~6節)、第二に結婚することになった女性の誓願(7~9節)、第三に夫と死別したり離婚した女性の誓願(10節)、第四に結婚した女性の誓願である(11~16節)。そして最後に、この誓願についての掟が、「夫と妻の間、父と父の家にいる若い娘の間に関」するものであることを告げて終えている(17節)。
 3節の「人」は〈男〉を指す(אּיש [ish])。男性の誓願は守られなければならない(申命記23章22~24節、コヘレトの言葉5章3~5節)。本節では「誓願」(נֵ֫דֶר [neder])と「物断ちの誓い」(אּסָּר [issar])が区別されている。נֵ֫דֶר [neder]は誓願を指す一般的な用語で、ここでは生贄を献げるなど、肯定的に何かをすると誓うことを意味する。一方、אּסָּר [issar]は本章だけに見られる語で、自分自身に断食をさせるといったような節制の誓願である(サムエル記上14章24節、詩編132編2~5節)。本章を除いた殆どの場合、נֵ֫דֶר [neder]は肯定的な誓願と否定的な誓願の両方を指すのに使用されている。ナジル人の誓願にはנֵ֫דֶר [neder]が使われて(6章)、節制の誓約を指している。

【黙想】
 誓願は進んで主なる神にささげる献身であり、感謝である。進んで献げるものであっても、一度誓願したものは取り消すことが出来ない。誓願した人は「すべて、口にしたとおり、実行しなければならない」(2節)。これはむやみに口に出してはいけないことを意味する。誓願は主なる神に対してするものである。誓願は即興的なものではなく、深く考え、心の中から溢れ出る感謝から生まれなければならない。

【適用】
 誓願は、あらゆる場合に守られなくてはならないので、衝動的だったり軽率にしてはならない。男性も女性も、責任を持ってその誓願を守らなければならない。だが、社会的な秩序を無視していいということではないことも、主なる神の定めから分かる。主なる神の御心に従い、主なる神の御前に真実に行おう。

【祈り】
 家庭の中の秩序が崩れ、夫婦の一致が更に難しくなっている時代に、私達の家庭が神の国の秩序を示す手本となれますように。互いの考えや信仰を尊重し、主なる神の御前に約束したことを責任をもって守る誠実な家族となれますように。