Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 民数記33章1~37節

聖書研究 民数記33章1~37節(新共同訳 旧約pp.272-273)

【概要】
 主なる神の命令により、モーセイスラエルの人々の旅程を書き留めた。過越の翌日、ラメセスを出発してスコト、荒れ野の端にあるエタムなどに宿営した。その後、マラ、エリム、葦の海のほとり、シンの荒れ野を通り、レフィディム、シナイの荒れ野、キブロト・ハタアワ、ホル山などに宿営した。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】

【適用】
 主なる神への信仰を保つためには、思い出すことも必要である。エジプト人の初子の死、葦の海を渡ったこと、荒れ野の旅、これら全てが主なる神の恵みと導きであることをイスラエルが覚えたように、主なる神の救いとあらゆる恵みを事ある毎に思い出すことは、私達にとって信仰の糧となる。救い、導いて下さった主なる神の恵みを思い出し、信仰によって荒れ野のような世を力強く歩んで行こう。


【祈り】
 イスラエルの旅程に私の信仰の旅程を照らしてみます。過越の小羊であられるイエス・キリストの死によって私に永遠の命を下さった恵みから、人生の荒れ野を共に歩んで下さった恵みまで、全てが主の恵みでした。その恵みを覚え、不平が入る隙が感謝で満たされますように。