Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 民数記35章1~8節

聖書研究 民数記35章1~8節(新共同訳 旧約pp.275-276)

【概要】
 エリコに近いモアブの平野で、主なる神はイスラエルの人々に、彼らが嗣業として所有する土地の一部とその周辺の放牧地をレビ人に与えられるように言われた。彼らは、6つの逃れの町を含む48の町とその放牧地を、自分が相続した嗣業の土地の大きさに応じて、レビ人に与えなければならなかった。

【歴史的背景】

【釈義】
3節 レビ人の町と放牧地の用途
 レビ人に与えられた町は、彼らが「住む所」(לָשָׁ֑בֶת [lā-šā-ḇeṯ;])であった。レビ人が「住む」(יָשַׁב [yashab])町は「嗣業の土地」(נַחֲלָה [nachalah])とは違う。嗣業の土地として受けた地は、12部族の所有として与えられた。しかし、12部族がレビ人に分け与える町は、レビ人が財産のように所有するのではなく、ただそこに「住むため」(新改訳、לָשָׁ֑בֶת [lā-šā-ḇeṯ;])の土地であった。また、レビ人に与えられた「放牧地」(מִגְרָשׁ [migrash])は、彼らが所有したのではなく、「彼らの家畜とその群れ、その他すべての動物のため」の共同放牧地として使われた。

【黙想】
 レビ人には主なる神が彼らの嗣業の土地となられた。そのため、カナンの地において嗣業の土地は与えられなかった。しかし彼らにも家庭があり、家畜がいたので、生活する場所が必要だった。そこで主なる神はイスラエルの12部族の中で町と放牧地をお与えになった。レビ人は全部で48の町を受け取った。それらの町は一つの場所に集中しているのではなく、12部族の嗣業の土地に分散していた。即ち、レビ人はカナンの全地域に散らばって住むようになった。
 主なる神はレビ人が10分の1として受け取った家畜を養う時に必要になる放牧地も町の周辺に与えられた。町から1000アンマまでがレビ人の家畜のための放牧地となった。その放牧地の用途は、ただ家畜を養うためのものであり、農業をするための土地ではなかった。主なる神は幕屋に仕えるレビ人が、生活の心配なく主なる神と人間に仕えることが出来るようにされた。レビ人が衣食住に縛られて、務めに集中出来ないということがないようにし、主なる神だけを仰ぎ見て、忠実にその務めに励めるようにして下さった。

【適用】
 主なる神にだけ献身したレビ人に住む所と放牧地を十分に与えられたように、主なる神は今もご自分に頼る人々の必要を満たして下さる。欲を出して必要以上に持とうとするのが問題である。空の鳥、野の百合よりも尊い私達を養って下さるのが主なる神の計画である。心配せずに生活し、主なる神の備えに期待しよう。

【祈り】
 出会いと別れ、持ち物の多さ少なさも、全て主なる神の摂理の中にあることが分かりました。主が定めて下さった私の役割と使命を前に常に謙り、今いる場所が主にあって最善の場所であることを信じることが出来ますように。