Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書黙想 詩編44編10~17節

聖書黙想 詩編44編10~17節(新共同訳 旧約pp.877-878)
「主なる神に見放され、辱めに遭わせられた民」

 主なる神は「平和」と「災い」の主権者である(イザヤ書45章7節)。詩編の著者は、今自分達が受けている恥と侮辱について主なる神に訴える。かつて彼らと共におられ、救って下さった主なる神は、「もはや共に出陣なさらず」、彼らが「敗走するままになさった」。詩編の著者は、自分達が受けている全ての災いは主なる神が許されたものであることをよく知っていた。彼らの軍隊が敗北したのも、主なる神が彼らを「見放され」たからである。今日の敗北と恥は主なる神の主権によるものであると告白することが信仰である。その信仰に基づく時、未来の回復と解決の鍵を主なる神に切に求めることが出来る。