Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書22章15~25節

聖書研究 イザヤ書22章15~25節(新共同訳 旧約pp.1093-1094)

【概要】
 主なる神は「宮廷を支配してい」た「家令」シェブナに仰せられた。自分の利益と栄光を求めた彼は、「その職務から退けられ」、「広大な地に放り出される」。その日、主なる神はエルヤキムを呼び、シェブナに「与えられていた支配権」を彼に与え、「エルサレムの住民とユダの家」の全ての責任を彼に委ねられた。

【歴史的背景】

【釈義】

【黙想】
シェブナの罷免

 権力を与えられることより重要なのは、その権力をどのように用いるかである。シェブナは王の「家令」(15節)として国庫の管理という重責を任されていた。しかし、彼は職権を濫用して国のお金を自分のために使った(16節)。そのため主なる神は容赦なくシェブナを追い出された(17~19節)。そして、シェブナに与えた全ての権力をエルヤキムに与えると宣言し(20~21節)、「彼が開けば、閉じる者はなく、彼が閉じれば、開く者はないであろう」(22節)と言われた。しかし、エルヤキムもユダの永遠の望みとなることは出来ない。私達が全ての望みをかけて拠り頼むべき対象は、ただイエス・キリストだけである。聖徒は、「彼が開けば、閉じる者はな」いイエス・キリストの権威が人生に臨むよう願い求め、委ねられた使命を管理人として忠実に果たさなければならない。

【適用】
 主なる神は何故シェブナを「広大な地へ放り出」すと言われたのか。主なる神は任務を果たす私達の心と態度をどのように評価されるだろうか。

祈り