Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書26章1~7節

聖書研究 イザヤ書26章1~7節(新共同訳 旧約p.1099)

(1) どこまでも主に信頼せよ(1~4節)

 主なる神を信頼し続ける人は平安を味わう。「堅固な都」(1節)はエルサレムを指す。「救いのために、城壁と堡塁が築かれた」(1節)という表現は、ユダの民を守るのは城壁や堡塁ではなく、主なる神であることを悟らせる。
「とこしえの岩」(4節)であられる主なる神は、永遠に変わらない御方である。主なる神が私達を変わることなく愛し、守って下さるように、私達も「どこまでも主に信頼」(4節)しなければならない。
 主なる神は「神に従い、信仰を守る民」(2節)、「堅固な思い」(3節)を持つ者を「平和に守られる」(3節)。「思い煩うのはやめ」て、「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明け」る時(フィリピの信徒への手紙4章6節)、「あらゆる人知を超える神の平和」(同7節)が私達に臨む。

(2) 神に従う者の行く道(5~7節)

「高い所に住まう者」、「築き上げられた都」(5節)は主なる神に逆らう者を象徴している。彼らは、難攻不落の地に住んでいたため、主なる神の御前で驕り高ぶるようになった。
 主なる神はご自分に敵対して高ぶる者を低くされる。そのような者を「引き下ろし」、モアブのように「地に打ち倒して、塵に伏させる」(5節、25章12節)。「貧しい者」「弱い者」でさえ足でその都を踏み躙る(6節)。このように主に逆らう者は悲惨な結末を迎える。
 それに対し、「神に従う者の行く道」は「平ら」である。主なる神が「神に従う者の道をまっすぐにされる」(7節)からである。主なる神が与えて下さる平安と祝福を味わう秘訣は、高慢な者に与せず、偽りの教えに従わず、主なる神に従う道を生きることである。「いかに幸いなことか、主に信頼をおく人」(詩編40編5節)。