Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書33章1~16節

聖書研究 イザヤ書33章1~16節(新共同訳 旧約pp.1112-1113)

(1) 救いを求める祈り(1~6節)

 アッシリアは最強の軍事力をもって近東地域を治めていた。そして、和睦を求めるヒゼキヤを裏切り、侵略を続けた(列王記下18章13~17節)。しかし、「略奪されもしないのに、略奪し/欺かれもしないのに、欺」(1節)いた彼らを、主なる神が打たれた時、彼らは同じことをされて(1節)、歴史の表舞台から葬り去られる。
「主は、はるか高い天に住まわれ/シオンに正義と恵みの業を満たされる」(5節)。だから、「苦難のとき」、主なる神に頼り、憐れみと救いを求めるならば、主なる神は「我らの腕」(2節)となって下さる。主なる神は私達の祈りに応えて下さる方である(3~4節)。
 私達が平安を願い、「救いを豊かに与える」「知恵と知識」を望むならば、「主を畏れ」なければならない(6節)。主なる神はご自身に信頼して、助けを求める民を「堅く支えられる」(6節)。

(2) 正しい者を守られる神(7~16節)

 ユダの使者が和睦を要請するために、アッシリアに向かった。しかし、アッシリアは、条約を破棄してユダを侵略し、その領内を荒らした(8~9節)。
 主なる神はご自分の民の苦しみを決して見過ごされない。主は「身を起こ」し、不思議な方法でアッシリアを罰することによって(列王記下19章35~37節)、「自らを高く」(10節)された。
 アッシリアはユダを滅ぼそうとしたが、逆に彼らが主なる神の怒りによって滅ぼされてしまった(11節)。この時、アッシリアだけでなく、ユダの民で「神を無視する者」も「おののきに捕らえられた」(14節)。
 主なる神の怒りを避けることの出来る道は、「正義に歩み、正しいことを語り/虐げによる利益を退け/手を振って、賄賂を拒み/耳をふさいで、流血の謀を聞かず/目を閉じて、悪を見ようとしない」(15節)ことである。主なる神はそのような人を高め、守り、必要を完全に満たして下さる(16節)。