Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編55編1~15節

聖書の黙想と適用 詩編55編1~15節(新共同訳 旧約pp.887-888)

(1) 私は不安です(1~12節)

 誠実な信仰者の特徴は、どのような問題でも主なる神に告げることである。苦しみや困難にぶつかった時も、人に頼るのではなく、まず主なる神に助けを求め、主なる神だけに依り頼むのである。ダビデはその代表のような人だった。サウルに命を狙われる中で、ダビデはなおも主なる神に祈った。どのような問題でも主なる神にまず告げ、助けを求めた。
 ダビデは敵に自分の命を狙われる不安と「悩みの中で」(3節)、「神よ、わたしの祈りに耳を向けてください。嘆き求めるわたしから隠れないでください。わたしに耳を傾け、答えてください」(2~3節)と主なる神に繰り返し求めた。難しい問題や困難にぶつかった時、私達も祈りの場に進み出よう。どうにもしようがなく、苦しみを持って主なる神の御前に出て、「主よ」と叫ぼう。言葉にしきれない感情を抱えながら、恐れ、心配、痛み、悲しみ、不安の全てを主なる神の御前に注ぎ出そう。主なる神は私達の叫びに応答して下さる。
 ダビデは、「敵」と「神に逆らう者」が自分に「災いをふりかからせようとし/憤って襲いかか」ることを主なる神に告げる(4節)。ダビデのように誠実に主なる神と共に歩んでも、敵と主に逆らう者によって苦しめられることがある。苦しみのない平坦な人生は、主に逆らう者は勿論、御心に適う者にもない。この世に生きている間は苦しみを避ける道はない。
 ダビデは、「死の恐怖に襲われ」(5節)る中で、心が「恐れ」と「戦慄」で満ちていることを主なる神に包み隠すことなく告げる(6節)。それが余りにも耐え難いため、「鳩の翼がわたしにあれば/飛び去って、宿を求め/はるかに遠く逃れて/荒れ野で夜を過ごすことができるのに。烈しい風と嵐を避け/急いで身を隠すことができるのに」(7~9節)と嘆いた。ダビデは自分が感じる恐怖、精神的な苦痛、非現実的な渇望などを、躊躇うことなく主なる神に吐露している。きれいな言葉で飾ろうともしていない。自分の心を赤裸々に主なる神にさらけ出している。
 ダビデは更に「主よ、彼らを絶やしてください」(10節)と敵の破滅を求めている。彼らは暴虐と争いに耽り、その「舌は分裂を引き起こし」(10節)た。彼らのせいで町には「不法と争い」(10節)、「災いと労苦」(11節)、「搾取と詐欺」(12節)が満ちていた。そのため、ダビデは主なる神が敵を一刻も早く滅ぼして欲しいと強く訴えた。敵が破滅することによって人々が一日も早く主なる神に立ち帰ることを望んだのである。
 主なる神は「わたしたちの避けどころ、わたしたちの砦」(詩編46編2節)である。ダビデは苦しみの中で主なる神を求め、祈ることで主なる神の御許に身を寄せた。主なる神に祈ることは最も確実な場所に身を避けることである。私達も荒波の海を航海するような時を過ごすことがある。その時、主なる神が隠れておられるように感じられるかも知れない。しかし、主なる神が避け所となって下さる。

(2) 親しい友の裏切り(13~15節)

 ダビデが大きな痛みを味わったのは、敵が自分のかつての「友、知り合った仲」(15節)だったからである。裏切りは苦しみを倍増させ、絶望や大きな怒りを感じさせる。しかも、彼らは以前「楽しく、親しく交わり/神殿の群衆の中を共に行き来し」(15節)、共に主なる神を礼拝した人達だった。かつての仲間が今自分の敵となっている状況に、ダビデは苦しみながら嘆いた(14節)。
 私達もダビデと同じような経験をすることがある。愛する人や親友の裏切りほど、私達を打ちのめすものはない。近い関係であるほどより深い傷を与えるものである。そのようなことが起こった時には、努めて主なる神を思い起こし、心にある思いを主なる神に訴えよう。
 イエス・キリストは私達が経験する人間関係の痛みを全てご存知である。イエス・キリストは、御自分の弟子であったイスカリオテのユダに裏切られ、奴隷1人の値段であった銀貨30枚で売られた(マタイによる福音書26章14~15節)。また、イエス・キリストはペトロから自分の目の前で3度も関係を否定された(ルカによる福音書22章61節)。親しい人に裏切られ、否定される痛みを、イエス・キリストも自ら経験された。
 私達が人間関係の中で受ける心の傷と痛みを、イエス・キリストもよくご存知であるということは、私達にとって大きな慰めとなる。しかも、イエス・キリストは、弟子に裏切られ、否定された痛みを持ちながら、「わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない」(ヨハネによる福音書6章37節)と約束して下さっている。世の人々に対して失望した時、友に裏切られ、否定された時、イエス・キリストのもとに行こう。そして、それを乗り越えて進んで行く力を与えていただこう。