Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 アモス書6章1~14節

聖書研究 アモス書6章1~14節(新共同訳 旧約pp.1436-1437)

(1) 安逸を貪るイスラエルの指導者(1~7節)

 預言者アモスは、「シオンに安住し/サマリアの山で安逸をむさぼる者」に対し、「災いだ」と嘆いた(1節)。彼らはイスラエルの指導者だった。しかし、主なる神を畏れず、「不法による支配」(3節)を続けた。また、彼らは「象牙の寝台に横たわり/長いすに寝そべり/羊の群れから小羊を取り/牛舎から子牛を取って宴を開き/竪琴の音に合わせて歌に興じ」(4~5節)たり、「大杯でぶどう酒を飲み/最高の香油を身に注ぐ」(6節)など、毎日享楽と贅沢に耽った。
 主なる神から与えられた富や権力が大きければ大きいほど、問われる責任も大きくなる。彼らは国の指導者として自分の満足ではなく隣人の幸せのために力を尽くさなければならない立場にあった。にもかかわらず、「ヨセフの破滅に心を痛めること」(6節)もなく、利己的に生きてきた。自分のなすべき務めを果たさない彼らに対し、主なる神は「今や彼らは捕囚の列の先頭を行き/寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる」(7節)と宣告した。

(2) イスラエルの高慢に対する主なる神の裁き(8~14節)

 イスラエルは、神殿を誇り、「我々は自分の力でカルナイムを手に入れたではないか」(13節)と高ぶった。それに対し、主なる神は「わたしはヤコブの誇る神殿を忌み嫌い/その城郭を憎む」(8節)と言われた。かつて主なる神によって祝福されたことが現在のイスラエルの高慢の種になってしまった。主なる神は利己的で高慢な人間を嫌われる。
 主なる神はイスラエルに「都とその中のすべてのものを敵に渡す」(8節)と宣告された。その時、「一軒の家に男が十人残っているなら、彼らも死」(9節)に、大きな家であれ小さな家であれ徹底的に破壊される(11節)。また、主なる神は「わたしはお前たちに対して一つの国を興す。彼らはレボ・ハマトからアラバの谷に至るまで/お前たちを圧迫する」(14節)と言われ、イスラエルを打たれた。
 イスラエルは、自らの高慢によって主なる神の「裁きを毒草に/恵みの業の実を苦よもぎに変えた」(12節)。彼らは自らの繁栄を誇ったが、バプテスマのヨハネが述べたように、「神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」(マタイによる福音書3章9節)。
 私達もすぐに高慢になり、自分で全てを成し遂げたと考えてしまう。しかし、主なる神は私達が誇るものを全て取り去られる。主なる神が許されなければ、勝利も成功もないということを決して忘れてはならない。何をするにしても、主なる神に頼り、そしてイエス・キリストが教えて下さったように、「わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです」(ルカによる福音書17章10節)と主なる神に栄光を帰さなければならない。