Five Solas

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 アモス書7章1~9節

聖書研究 アモス書7章1~9節(新共同訳 旧約pp.1437-1438)

(1) 第一の幻、第二の幻(1~6節)

 主なる神はアモスに幾つかの幻を示された。主なる神はまず「いなごが大地の青草を食い尽く」(2節)す災いが予告された。刈り取った収穫で地が満ち、希望に溢れていた時、いなごが青草を全て食い尽くしてしまう(1節)。これはアッシリアの侵略を予告する幻である。
 それに対し、アモスは「主なる神よ、どうぞ赦してください。ヤコブはどうして立つことができるでしょう/彼は小さいものです」(2節)と嘆願した。すると主なる神は「このことは起こらない」(3節)と言われた。
 次に主なる神は「火が大いなる淵をなめ尽くし、畑も焼き尽く」(4節)す幻を見せられた。それに対し、アモスは今度も「主なる神よ、どうぞやめてください。ヤコブはどうして立つことができるでしょう/彼は小さいものです」(5節)と祈り、そのようにされないよう求めた。主なる神は「このことも起こらない」(6節)と言われた。
 主なる神はイスラエルの滅びを願われなかったため、アモスの執り成しの祈りを聞いて、思い直された。

(2) 第三の幻(7~9節)

 主なる神は第三に下げ振りの幻をアモスに示された。主なる神は「手に下げ振りを持って、下げ振りで点検された城壁の上に立」(7節)ち、「アモスよ、何が見えるか」と尋ねられた。アモスは「下げ振りです」と答えた(8節)。
 下げ振りとは、紐に重りを吊るして垂直に降ろし、建築物が垂直に建っているか調べるのに用いられる道具である。建物は垂直でなければ建っていることが出来ない。下げ振り一つで建物は建ちもし、崩れもする。下げ振りが少しでも狂うと、建物を建てることは出来ず、建ててもすぐ倒れてしまう。
 主なる神は下げ振りの幻を通して「もはや、見過ごしにすることはできない」(8節)というご自分の御心をアモスに伝えられた。イスラエルという霊的な建築物は正しく建っていないため、崩れ去ることを最早避けられなかった(9節)。イスラエルは宗教、政治、経済、文化の全てにおいて主なる神の義から離れてしまったため、悲劇的な帰結を迎えることになった。
 主なる神は今日私達の中にも来られ、私達の思考と生活を下げ振りをもって調べられる。正しく建てられていない信仰は最終的に崩れ去る。その時はよく分からなくても、主なる神が「下げ振りを下ろす」(8節)時、真実か偽りかが顕わになる。