Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 アモス書8章11節~9章6節

聖書研究 アモス書8章11節~9章6節(新共同訳 旧約pp.1440-1441)

(1) 主の言葉を聞くことの出来ない飢えと渇き(11~14節)

 主なる神が裁きを下される時、人々は一瞬にして生活の土台を失う。また、主なる神が「大地に飢えを送る」ので、イスラエルの民はパンと水を得ることが出来ず、苦しむことになる(11節)。
 しかし、「パンに飢えること」、「水に渇くこと」よりも更にひどい苦しみは、「主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇き」である(11節)。主なる神は彼らからご自分の言葉さえも取り去ると宣言される。
 これまでイスラエルの民は主なる神の言葉を余りにも軽く考えてきた。しかし、「その日が来れば」(11節)、「人々は海から海へと巡り/北から東へとよろめき歩いて/主の言葉を探し求めるが/見いだすことはできな」(12節)くなる。私達が生きる上で最も重要なものは主なる神の言葉である。

(2) 第五の幻(1~6節)

 アモスはベテルの神殿にいた。多くの人が主なる神に献げ物や讃美をささげ、神殿は宗教的な儀式で満ちていたことだろう。
 しかし、アモスは「祭壇の傍らに立っておられる主」(1節)を見て、主なる神の御心を悟った。主なる神は、神殿の柱や敷石を揺れ動かして、建物を倒壊させ、人々を下敷きにする(1節)。また「生き残った者は、わたしが剣で殺す。彼らのうちに逃れうる者はない。逃れて、生き延びる者はひとりもない」(1節)と主なる神は言われる。
 不義を行う者は、「陰府に潜り込んでも」、「天に上っても」(2節)、「カルメルの頂に身を隠しても」、「海の底に隠れても」(3節)、主なる神の怒りを避けられない。このことを通して主なる神はご自分が「天に高殿を設け/地の上に大空を据え/海の水を呼び集め/地の面に注」(6節)ぐ者、即ち天地万物を治める創造主、主権者であることをイスラエルの民に示される。