Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 イザヤ書5章8~23節

聖書研究 イザヤ書5章8~23節(新共同訳 旧約pp.1067-1068)

(1) 貪欲な者が受ける報い(8~12節)

 主なる神はイスラエルの民に対し、勝手に土地を売買することを禁じられた(レビ記25章23~28節)。土地の所有主は主なる神だからである。しかし、貪欲な金持ちは、主なる神の律法を破り、「家に家を重ね、畑に畑を加え」(8節)、富を蓄えた。
 これに対し、主なる神は、彼らの買った「多くの家、大きな美しい家は/必ず荒れ果てて住む者がなくなる」(9節)と宣告された。また、彼らが買った畑では豊かな収穫が期待出来ないと言われた(10節)。農夫がどれだけ汗を流して労苦しても、日光と雨を注いで下さる主なる神の恵みがなければ、地は作物を生み出すことが出来ない。
 人間がどれだけ欲張っても、主なる神が許されなければ何も手にすることは出来ない。主なる神が注がれた恵みを覚えず、一日中酒に酔い、享楽に耽って生きる者には、主なる神の災いが臨む。私達が受ける恵みは全て主なる神の「御手の業」であることを覚えよう(11~12節)。

(2) イスラエルの罪(13~23節)

 私達の関心は一時的なものから永遠のものへと変わらなければならない。そうでなければ、イスラエルの富裕層が犯した罪を私達も繰り返すことになる。
 土地と家に対する貪欲(8~10節)、放蕩三昧の酒宴(11~12節)、主なる神を自分の意のままに従わせようとする高慢(18~19節)、「悪を善と言い、善を悪と言う」価値観と倫理の転倒(20~21節)、「賄賂を取って悪人を弁護し/正しい人の正しさを退ける」不正腐敗(22~23節)、これらが当時のイスラエルの指導層と富裕層の姿であった。彼らは、着の身着のままで飢えている隣人を顧みるどころか、更に多くの物を手にしようと必死であった。
 これに対し、主なる神は、イスラエルの民が「なすすべも知らぬまま捕らわれ」、「貴族らも飢え、群衆は渇きで干上がる」ことになると警告された(13節)。主なる神を覚えない者の所有物は他人のものになる。それが公平で義なる神の法則である。