Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 雅歌3章1~11節

聖書の黙想と適用 雅歌3章1~11節(新共同訳 旧約pp.1051-1052)

(1) おとめの歌(1~5節)

 おとめは「夜ごと、ふしど」の中でも「恋い慕う人」を切に求めた(1節)。彼を慕う心が強い余り、「起き出して町をめぐり/通りや広場をめぐって/恋い慕う人を」(2節)探し回った。「町をめぐる夜警」にも「わたしの恋い慕う人を見かけましたか」と尋ねた(3節)。
 おとめの願いは叶えられた。「恋い慕う人が見つか」ると、「わたしを産んだ母の部屋」という第三者が絶対に入って来られない特別な所に2人で入った(4節)。彼女はいかなる妨害も受けず、愛する人と共にいることが出来た。
 主なる神との深い交わりもこのような愛の親密さによってなされる。私達は苦難の中にある時、イエス・キリストを力を尽くして呼ぶ。しかし、安逸を貪っている時には、主を信じることと祈ることに力を注がず、気を抜き易いものである。自分が平安の中にあると思う時こそ、更に主に信頼しよう。

(2) 合唱(6~11節)

エルサレムのおとめたち」(11節)はソロモンとおとめが一つになった喜びを合唱する。愛を交わし合った2人は遂に結婚へと到った。花嫁は愛する人が住まう王宮に向かった。
「煙の柱」、「ミルラや乳香をたく香」(6節)は、花嫁の行列の華やかさを示している。また、花婿が乗った腰は「六十人の勇士、イスラエルの精鋭」(7節)によって担われ、その天蓋は当時貴重な材木であった「レバノン杉を柱とし、銀の台座に金の玉座」(9~10節)が造られた。その一方で、花嫁の行列が「荒れ野から上って来る」(6節)ことは、結婚までの過程が平坦ではなかったことを暗示している。
 2人の結婚式は花婿の威厳と花嫁の魅力的な姿が調和した劇的なものであった。結婚する2人の喜びはキリスト者イエス・キリストと一つになる喜びを表している。