Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 ヨナ書2章2~11節

聖書の黙想と適用 ヨナ書2章2~11節(新共同訳 旧約p.1446)

(1) ヨナの祈り(2~10節)

 ヨナは「魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげ」(2節)た。生きるか死ぬかの瀬戸際で、彼は主なる神に切に叫び求めた。
 ヨナは「わたしは思った/あなたの御前から追放されたのだと」(5節)と悲しみを言い表している。そして、この悲しみは彼を悔い改めに導いた。
 一方、ここでヨナは主なる神に「陰府の底から、助けを求めると/わたしの声を聞いてくださった」(3節)、「あなたは命を/滅びの穴から引き上げてくださった」(7節)、「わたしの祈りがあなたに届き/聖なる神殿に達した」(8節)と告白している。主なる神は自分を間違いなく引き上げて下さるという希望を宣言したのである。悲しみと悔い改めによってヨナはもう一度希望で満たされた。
 更に、ヨナの希望は「救いは、主にこそある」(10節)という信仰の告白に変わった。「深い海に投げ込まれ」(4節)、大水が「喉に達」し(6節)、「息絶えようとするとき」(8節)、魚の腹の中で生きていたということ自体が主なる神の恵みであった。そして、このような恵みによってヨナは更に大きな救いを見上げるように導かれた。切迫した状況の中で祈り始めたヨナは、信仰によって状況を超え、主なる神に感謝と讃美を献げる者へと変えられた。

(2) ヨナの救助(10節)

 切迫した状況の中でも信仰を告白して祈ったヨナに、主なる神は答えられた。主なる神は魚に命じて、「ヨナを陸地に吐き出」(10節)させた。突然陸地に投げ出されたヨナは、主なる神の速やかな答えに驚いたに違いない。
 主なる神は私達の祈りに答えて下さる。しかし、祈りの答えは多種多様である。ヨナの場合のように祈りの答えが即座に与えられることもあれば、祈りの答えが与えられるまでに多くの時間を必要とすることもある。その場合、祈る者は長い間労苦と努力を要求される。
 いずれにしても、祈りに関する更に重要な真理は、主なる神が祈りという聖なる道具を用いてご自分の摂理とご計画を為していかれるということである。ヨナの切迫した祈りに対する主なる神の答えは、ニネベを救おうとされる主なる神の摂理とご計画のための布石であった。このように祈りは主なる神が御業を為していく霊的な道具である。