Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 ヨナ書4章1~11節

聖書研究 ヨナ書4章1~11節(新共同訳 旧約pp.1447-1448)

(1) ヨナの不平不満(1~2節)

 主なる神がニネベの人々に「宣告した災いをくだすのをやめられた」(3章10節)ことは、ヨナにとって「大いに不満」(1節)であった。彼は心の中にある怒りを主なる神に訴えた。
 ヨナは主なる神に対し「あなたは恵みと憐れみの神であり、忍耐強く、慈しみに富み、災いをくだそうとしても思い直される方です」(2節)と述べている。ニネベの人々が「悪の道を離れたことを御覧になり、思い直され」(3章10節)た主なる神とは異なり、ヨナには彼らに対する愛は全くなかった。そのため、主なる神がニネベを滅ぼされないことに対し、彼は不平をこぼし始めた。
 このようなヨナの姿は私達の弱さをよく示している。私達もヨナのように「主なる神に仕える」と言いながら、その実自分自身の考えや思いが実現することを願い、主なる神の御心に敵対する時がある。自分自身を基準として判断し、主なる神に異議を唱えることほど傲慢な態度はない。自分の考えとは異なっていても、主なる神の御前にひれ伏し、その御心を信頼する時、私達の口から不平不満は消える。

(2) ニネベの人々とヨナに対する主なる神の愛(3~11節)

「主よ、どうか今、わたしの命を取ってください。生きているよりも死ぬ方がましです」(3節)と反抗するヨナに対し、主なる神は、彼を再び魚の腹の中に入れることや、彼の言葉通り、命を取ることをお出来になる。しかし、そのようにはなさらなかった。主なる神はヨナに「お前は怒るが、それは正しいことか」(4節)と問われた。そして、とうごまの木と虫と太陽を用いてヨナに教訓を与えた(6~8節)。
「お前は、自分で労することも育てることもなく、一夜にして生じ、一夜にして滅びたこのとうごまの木さえ惜しんでいる。それならば、どうしてわたしが、この大いなる都ニネベを惜しまずにいられるだろうか。そこには、十二万人以上の右も左もわきまえぬ人間と、無数の家畜がいるのだから」(10~11節)。
 主なる神の言葉からは、一人一人の魂を愛し、救おうとされる主なる神の切なる愛が伝わってくる。そして、その愛の故に主なる神はヨナに対してもご自分の御心を悟るよう願われた。主なる神の御心を悟る時、私達も一人の魂を愛する者へと変えられていく。