Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編68編1~11節

聖書の黙想と適用 詩編68編1~11節(新共同訳 旧約pp.899-900)

(1) 立ち上がり、敵を散らされる主なる神(1~7節)

「神は立ち上がり、敵を散らされる」(2節)方である。「煙は必ず吹き払われ」(3節)るように、主なる神の権能の前で敵は力なく滅び去る。「蠟は火の前に溶ける」(3節)ように、敵は主なる神の前で敗北し、逃げ去るしかない。
「神に逆らう者は必ず御前に滅び去る」(3節)のに対し、「神に従う人は誇らかに喜び祝い/御前に喜び祝って楽しむ」(4節)。ダビデは主なる神を「雲に駆って進む方」(4節)と呼び、ご自分の民を救うために瞬時に動かれる、勇士のような姿で主なる神を描いている。
 主なる神は「聖なる宮にいます」(6節)方であると共に、弱い者を守り、助ける方である。「みなしごの父となり/やもめの訴えを取り上げ」(6節)、「孤独な人に身を寄せる家を与え/捕われ人を導き出して清い所に住ませてくださる」(7節)。しかし、この方に「背く者は焼けつく地に住まねばならな」(7節)くなる。

(2) イスラエルの民に対する主なる神の導きと恵み(8~11節)

 イスラエルの民の荒れ野の旅路をダビデは歌っている。彼は主なる神が「民を導き出し/荒れ果てた地を行進された」(8節)と述べている。これは出エジプトの後、イスラエルの民が約束の地に向かった旅路である。主なる神は雲の柱でご自分の臨在を示し、民を導かれた(出エジプト記13章21節)。「いにしえよりの高い天を駆って進む方」(34節)、「神の威力は雲の彼方にある」(35節)といった表現は、こうした信仰の体験に基づいている。
 また、ダビデイスラエルの民をカナンの地に「住ませてくださった」(11節)主なる神の恵み深さをほめたたえている。主なる神はイスラエルの民のために「豊かに雨を賜り」、「衰えていた嗣業を固く立て」られた(10節)。また、「貧しい人にその地を備えられた」(11節)。