Soli Deo Gloria

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書の黙想と適用 詩編72編1~11節

聖書の黙想と適用 詩編72編1~11節(新共同訳 旧約p.906)

(1) 王の公正な統治のための祈り(1~5節)

 詩人は「王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ/あなたの貧しい人々を裁きますように」(2節)と祈り、主なる神がお立てになった指導者が、正義と公正をもって治めることを願った。国の指導者には「乏しい人の子らを救い/虐げる者を砕き」(4節)、財産と権力を持たない民に平和を保証する責任がある。そのような王の統治の下に置かれていることは、頼るもののない人々の心を慰め、希望と勇気を与えてくれる。
 それ故、詩人は「王が太陽と共に永らえ/月のある限り、代々に永らえますように」と祈願した。これは究極的にイエス・キリストが王となる永遠の王国を預言するものである。イエス・キリストが「裁き」と「恵みの御業」を行う神の国がこの地に拡がっていく時、悪者は頭を上げられなくなる。

(2) 王の権威と名声(6~11節)

「すべての王が彼の前にひれ伏し/すべての国が彼に仕えますように」(11節)と詩人は願う。これは究極的にはイエス・キリストを王とする神の国の拡大によって成就していく。「王が海から海まで/大河から地の果てまで、支配しますように」(8節)は、イエス・キリストの支配の領域が全世界に及ぶことを預言したものである。また、「砂漠に住む者が彼の前に身を屈め/敵が塵をなめますように。タルシシュや島々の王が献げ物を/シェバやセバの王が貢ぎ物を納めますように」(9~10節)は、全ての民がイエス・キリストの御前にひれ伏し、敵がイエス・キリストに屈服すること、全ての王が王の王であるイエス・キリストに立ち返り、イエス・キリストに仕えるようになることを預言している。
 詩人は、王が正義と公正をもって行う統治によって虐げられた民が受ける恵みを、「牧場に降る雨」、「地を潤す豊かな雨」(6節)に喩え、躍動感をもって表現している。そして、そのような王が「生涯、神に従う者として栄え/月の失われるときまでも/豊かな平和に恵まれますように」と繁栄と祝福を祈った。イエス・キリストの主権の下にいることは、私達に信仰と勇気と平安を与えてくれる。