Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙一10章14~22節

聖書研究 コリントの信徒への手紙一10章14~22節(新共同訳 新約p.312)

(1) 偶像礼拝を避けなさい(14~18節)

 キリスト者は、欲望が導く生き方から離れ、命を得なければならない。パウロは2度にわたって「避けなさい」と強く命じている。1度目は「みだらな行い」(6章18節)に対してであり、2度目は「偶像礼拝」(14節)に対してである。「避けなさい」という表現は、危険から死に物狂いで逃げることを意味する。
 偶像礼拝と性的不品行は切っても切れない関係にある。偶像礼拝は、人間が願うことを宗教という制度にして、それをもって自分の欲望を追求するだからである。
 それに対し、主なる神への信仰は、私達が自分の金銭欲、権力欲、情欲を満たすために、主なる神を操るものではない。主なる神の警告を軽く考え、裁きを受けたロトのようにならないよう、絶えず祈らなければならない。

(2) 偶像に献げられた供え物への対応(19~22節)

 キリスト者は偶像や偶像に献げられた供え物に対して賢く行動しなければならない。偶像には何の意味もない(19節)。また、「偶像に供えられた肉」(19節)も、イエス・キリストにあって聖くされた私達をどうすることも出来ない。
 しかし、偶像に献げられた「供え物を食べる人は、それが供えてあった祭壇とかかわる者になる」(18節)。「偶像に献げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている」(20節)ものである。それ故、偶像や供え物には何の意味もなくても、偶像礼拝に参加することによって悪霊と関わりを持つことになる。「わたしはあなたがたに、悪霊の仲間になってほしくありません」とパウロは言う。パウロは偶像礼拝を通して結ばれる悪霊との関係を問題にした。
 その上で、パウロは「主にねたみを起こさせるつもりなのですか。わたしたちは、主より強い者でしょうか」(22節)と述べている。中途半端な知識や無鉄砲な勇気、妥協などは、私達の信仰を守ってはくれない。謙遜に慎むことこそ知恵と言える。先祖供養の問題もこのような観点から考える必要がある。