Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章12~19節

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章12~19節(新共同訳 新約pp.320-321)

[13節~15節前半] キリストが復活しなかったのなら

 パウロは死者の復活を否定する人々に対して反論する(13節)。イエス・キリストが復活されたのは、復活があることの最たる証拠である。イエス・キリストの復活は、多くの目撃者によって確認されたことで(5~8節)、否定出来ない明白な事実である。死者の復活は現実に起こったことである。
 パウロイエス・キリストの復活を基にして、イエス・キリストの復活がないと修辞的に仮定し、そのように主張することの結果について考えてみる。もし「キリストが復活しなかったのなら」、
使徒達の宣教は「無駄である」(14節)。彼らの伝える福音が人間の知識を超える崇高なものであるとしても、それは何の根拠も益もないものになる。
②コリントの教会の人々の「信仰も無駄」(14節)になる。イエス・キリストの復活は福音の核心である。彼らはそれを受け入れ、信じる者となった。もしイエス・キリストの復活が事実でないとしたら、彼らの信仰も実質のないものになる。
使徒達は「神の偽証人とさえ見なされ」(15節)る。主なる神がイエス・キリストを甦らせたという福音を使徒達が宣べ伝え、コリントの教会の人々はそれを信じた。そして、自分達も復活するという終末への望みを持つようになった。主なる神がイエス・キリストを甦らされなかったのなら、使徒達は主なる神について偽証したことになる。

[15節後半] 神に反する証しをしたことになる

 パウロは、13節に続いて、死者の復活を否定する者に対する第2の反論として、「もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになる」と述べている。13節では「キリストも復活しなかったはずです」と言っているのに対し、ここではイエス・キリストの復活が主なる神の力によるものであることに言及している。イエス・キリストを死から甦らせた方は主なる神である。

[16~18節] キリストが復活しなかったのなら

 パウロは15節に続き、死者の復活を否定する者に対して第3の反論をする。「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです」(16節)とパウロは主張する。これは13節の内容を繰り返したものと言えるが、パウロはその結果となることを3つ示している。
①コリントの教会の人々の「信仰はむなし」(17節)いものになる。
②コリントの教会の人々は「今もなお罪の中にあることにな」(17節)る。罪の贖いという恵みを得られず、永遠の命への希望も持てない悲惨な状態のままということである。
③「キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまった」(18節)。イエス・キリストを信じて死んだ者は、未だに罪の中にあるため、裁きを受けて永遠に滅びることになる。