Five Solas Ministry

主なる神の言葉である聖書を、あらゆる事柄に関する最高権威、人生における規範とし、イエス・キリストを主とする神の国(支配)の拡大と完成を願っています。

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章29~34節

聖書研究 コリントの信徒への手紙一15章29~34節(新共同訳 新約p.321)

[32節後半~34節] 罪を犯してはならない

「もし、死者が復活しないとしたら」(32節)、刹那的で無節制な快楽主義に陥る人が出てくる。「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」(32節)は、イザヤ書22章13節の引用の可能性もあるが、当時のギリシア社会の懐疑主義的な哲学で流行していた金言である。
 復活を信じない者にとって、主なる神の言葉に従って自分を否定し、十字架を負う生き方は愚かなことであった。復活を信じない者は、死んだら終わりであるとキリスト者を騙そうとする。善い行いも意味がなく、飲み食いして楽しく生きることこそが人生であるとキリスト者を誘惑する。
 パウロはそれに騙されてはならないと注意を与える。そして、当時流行し、コリントのキリスト者も知っていたと思われるメナンダーの喜劇に出てくる言葉を引用し、「悪いつきあいは、良い習慣を台なしにする」(33節)と述べた。復活を信じない者は、死者の復活と裁きを信じずに嘲り、キリスト者の善い行いを嘲笑う。
 では、復活を信じるキリスト者はどうすべきなのだろうか。「正気になって身を正しなさい。罪を犯してはならない」(34節)とパウロは言う。復活して、主の御前に立つことになるので、この世の快楽に酔い、罪を犯して生きてはいけないのである。復活を信じず、この世だけのために生きる者は、「神について何も知らない人」(34節)であり、恥ずべき者である。